残業しないで帰りなさい!

「だいたい香奈もさ、『胸が痛痒いよぅ』とか言って、バカなんじゃないの?」

頬杖をついて冷めた視線を向ける瑞穂。

「ええ?どうしてバカなのよ!」

「わかんないの?ホントに困った子だねえ」

瑞穂はわざとらしく両手でフウッとお手上げのポーズをした。

「なんで?なんなの?意味わかんないっ」

「あのねえ、香奈」

瑞穂は子どもに言い聞かせるような言い方をして私をじっと見た。

「アンタの言う『胸が痛痒い』、それを世の中の人は『キュンとする』って言うんだよ」

「?」

「つまりアンタはそのオッサン王子に胸キュンなの!」

「えっ……?」

む、胸キュン?

巷でよく聞く胸キュン、ですか?

キュンと、する……?

あの胸の痛痒い感覚を思い出したら、それだけでまた胸に痛みを感じた。

『俺は特別?』って囁いた課長のせつない瞳を思い出したら、また胸が震えてキュンとした。

やだ、なにこれ……。

ファミレスで話した時の課長の楽しそうな顔。寝てたと思ったら、いきなり片目を開けた時の顔。私をじっと見つめるせつない瞳。

思い出したくないのに、いろんな課長を思い出してしまう。
そして、どんな課長を思い出しても胸がキュンと痺れて、喉まで痛くなった。
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