【完結】セ・ン・セ・イ
無力――それでも、俺を頼れ
湯気の立たなくなったコーヒー(もといミルクコーヒー)を啜ってから、ポツリポツリと彼女は話を始めた。


妹が死んでから母親の精神のバランスが崩れたのだろう、という大方の予想通りの内容が、もう少し詳しい状況を補足しながら、静かに紡がれていく。

2年前に亡くなったという妹の名前は『栞里(シオリ)』、先天的に病気を患っていたらしい。

病名は明言されなかったが、入退院を繰り返し学校にもほとんど行けなかった栞里は慎ましく引っ込み思案な性格だった。


長女である朱莉のことは放任主義で自由奔放に育てた両親だが、その病弱さが手伝って栞里に対しては生前かなり過保護であったようだ。


俺が(俺や裕也が木嶋が誰も)予想しきれなかった新たな事実だが、朱莉は現代医学では根治不可能とされていた妹の病気の治療法を見つけるため、医学の道へ進もうとしていたらしい。

それを聞くと、彼女があれだけ勉強が出来るのも頷ける。


必死で勉強してきたのに、間に合わなかった――そう言った時、朱莉は少しだけ泣きそうになった。


成人を迎えることは難しいかもしれない、とは、生まれた頃から言われていたそうだ。

だが覚悟していたよりもずっと早くに、その『死』は唐突に訪れた。

体調が安定し退院したばかりで、それは自宅療養中、栞里と母親だけが在宅中の平日の昼間のことだった。


母親が家にいた、と話す時、朱莉は『運悪く』という言葉を使った。

どういうことだ、と疑問に思い顔を上げると、母さんも眉間にしわを寄せて少し首を傾げたところだった。


体調が急変したことに気付き救急車を呼んだ時には、既に手遅れだったという。


彼女の母親の精神は、栞里の死を拒絶した。
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