○○するお話【中編つめあわせ】



本当なら引っ越してきた当日なんかじゃなく、数日置いてから入り込むつもりだったのに。
なんとなくそわそわして結局待ちきれず、当日の夜、0時を待つようにして貴族が越してきたという屋敷に入り込んだ。

出先に会ったアキラには『がっつきすぎ』と呆れた視線を向けられたが、それも無理はない。
俺自身、貴族とか一度くらい試してみたいよなー程度にしか思っていなかったつもりだったのに、ここまで気持ちが昂るとは意外だった。
今日が満月だという事も少しは関係あるのかもしれない。

いくら、長い間生きてきて満月の夜を何度も迎えた事があるからと言っても、やっぱり他の月が浮かぶ夜とは気持ちの高ぶりは違う。

他の家とは規模も質も違う屋敷には、アキラが言っていた通り玄関周りに数人警備をする奴らの姿があったものの、二階の窓から余裕で入り込むことができた。

警備がまるでザルだなと一瞬考えもしたが、無理もないのかもしれない。
吸血鬼が架空の魔物だと考える人間にとっては、侵入者イコール人間だ。
そう考えれば、何の道具もなしに二階の窓から入り込めるヤツなんて早々いないんだろう。

俺たち吸血鬼が記憶操作をしているとも知らずに呑気な奴らだなと笑みがこぼれるのは仕方ない。
人間よりも何倍も長く生きている故、性格をこじらせていないヤツなんて吸血鬼界にはいないのだから。
俺なんてまだマシな方だ。

カタン、とわずかな音を立てたのみで開ける事に成功した窓。
そこから建物内に軽くジャンプして着地して……すぐさま向けられた視線と人間の気配にハッとした。

……いや。人間の気配、とは少し違う。
それよりももっと香り高い……と考え、ああ貴族かと口元が楽しさに歪む。

もっとじっくりと香りを辿り見つけ出すつもりだったが、出逢ってしまったなら仕方ないと、ゆっくりと気配を振り返る。

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