神の見た世界
第一章
また、猪が畑を荒らして人を襲ったらしい。何気なく付けていたテレビからはそんなニュースが流れていた。その猪はどうやら市役所の人間に殺されたらしい。きっとひどく暴れたのだろう。
僕は、こんなニュースを見るたびに思う。なぜ人は畑を荒らす動物たちを悪者扱いするのだろうと。 そもそも人間という生き物は、猪や猿よりも後にこの地球に存在している。猿に関しては、人間の祖先だとも言われている。普通に考えれば、悪者扱いされて怪訝されるのは、我々人間ではないだろうか。
人間さえこの世に現れなければ、彼らも畑を荒らしたり人を襲うことなどあり得なかったはずだ。なのに、人間というものは、どうやら勘違いの過ぎる生き物のようで、あたかも最初からこの地球上に存在していたかのように、我が物顔で森や林を荒らしている。
つまりは、人間が先に彼らの住みかを荒らしたのだ。なのに、全く人間というやつは、とんでもない生き物だ。


昔、祖父は漁師をしていた。
「人間ってのは愚かな生き物だ。自分達が1日に食う量よりはるかに大量の食料を欲しがる。どうせそんなに食えるわけねぇのに。」
これが祖父の口癖だった。そんな祖父にいつだったか聞いたことがある。なぜ漁師を続けているのかと。すると祖父は俺の少し右上の方を見て、「俺も愚かだからな」と答えた。そして俺の頭をがしっと撫でた。


時々俺は考える。もしもこの世に人間が存在しなかったら。いや、そもそも神様は何のために人間という生き物を作り出したのだろう。俺は、あまり神などという空想にすぎないものは信じないたちだ。だが、このようなニュースを耳にする度に無意識に考えてしまうのだ。


「もし、遥斗が神様だったらどんな世界にしたい?」
中学の頃、クラスで一番仲の良かった香織は、無邪気な笑顔でよくこんなことを聞いてきた。
「さぁ。考えたこともないよ。香織だったらどんな世界にした。」特別興味があるわけでもなかったが、この会話が終わればまた香織は、仲の良い女友達のグループに戻っていくことが目に見えていたから、あえて話が途切れないようにした。
今になって思うが、あの頃俺は香織に惚れていたのかもしれない。
香織は真っ直ぐな目で俺を見たあと、またあの無邪気な笑顔で「さぁ。考えたこともないよ。」と俺の口ぶりを真似てそう答えた。


今はいったい何時だろう。ふとテレビ画面の左端の時刻に目をやった。もうすでに昼の12時を過ぎていた。
冷蔵庫を開けて、鶏肉と卵を取り出した。昼は親子丼にしよう。そう思いながら調理に取りかかる。一人暮らしももう長い。料理も慣れたもので、もしかすると俺は、その辺の女たちより上手いんじゃないかとさえ思えるほどの手際のよさだ。
出来上がった親子丼をキッチンのテーブルに持っていき、一口食べたとき「あぁ、俺も愚かな人間の一人だな。」とふと思った。今親子丼に使ったこの鶏肉も元は白い羽があって赤くなんとも奇妙な鶏冠を頭にくっつけた鶏なのだ。彼らは俺たち人間に食べられるためだけに産まれた。
また祖父の言葉が蘇る。「自分達が1日に食う量よりはるかに大量の食料を欲しがる。どうせそんなに食えるわけねぇのに。」
その通りだ。実際に人間の口に入る量と廃棄処分される量とを比べても圧倒的に廃棄処分される量の方が多い。こんなことをしているのは人間界だけだ。野性動物たちの世界では、必要以上な狩りはしない。それはきっと、食われるために殺される傷みを心の深い部分で知っているからなのかもしれない。
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