夢おとぎ 恋草子
東宮が御母上様とお過ごしの間
私は大概 女御さま付きの女房たちと
菓子をいただきながら歓談したり
草子などを見て過すのが常だったのだが
その日はどうしても そんな気になれなくてね。
中庭に出て一人蹴鞠をしていたら
その鞠が思わぬ方向へと転がってしまったのだよ。


急ぎ駆けて鞠を追いかけ 追いついた処は 
内親王さまの局の御庭だった・・・


たまたま 庭先の咲き始めた花をご覧になるために
部屋の御簾を上げていらした内親王さまに 
「今日はお一人なの?」とお声をかけていただいてね。
そのお声たるや 喩えようの無いほどに愛らしく
まるで雲雀のさえずりのようだと思ったものだよ。


そしてそのお姿の輝くばかりの美しさといったら・・・
それまで私が見てきた女房たちとは次元が違う気品さに満ち
華やかでありながら可憐でもあり
御伽話の中の天女か月の姫が舞い降りたのかと思うほどでね。


そのお姿に見惚れたまま
私は 抱えた鞠を落としたことにも気付かず
呆然としてしまったのだよ。


そんな私に内親王さまは
「こちらへおいでなさい」と仰せになられてね。
私は引き寄せられるようにお側に寄って
促されるままに御簾の内に入れていただいたのだよ。


内親王さまは、東宮と私が日々をどのようにして過すのかと
お尋ねになられたので
その旨、ありのままに申し上げると
「宮はとてもわんぱくなのね」と
実に楽しそうにお笑いになられてね。 


その笑顔の美しさたるや
経験も少なく教養も未熟だった幼い私には
喩えようもなかったのだが
眼にも心にも焼き付いてしまって・・・ね。
それからは 何をしていても 
ぼうっとしてしまうことも多くなってね。
東宮にも どうしたのだ?と お気遣いをいただいたものだよ。


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