君と春を
地下駐車場に降り、兄貴の車に乗る。
「…なんで社用車じゃないんだ?しかも運転手なし?」
「いいから黙って後ろに乗れ。」
仏頂面で渋々と乗り込む。兄貴のお気に入りのドイツ製四駆車だ。
革張りのシートに腰を下ろすと車は優雅に走り出した。
「…なんだよ、話って。」
窓の外の街並みに視線を向けながらぶっきらぼうに聞く。
「………そんなに良くないのか。」
俺の態度から状況を察したのだろう。
「………そうだ、ギリギリのところだ。このままだと……。」
それ以上は言えなかった。
「………辞令が出る。」
「辞令?誰に?」
「冬瀬美月は退職扱いになる。」
「……!」
「それとお前は、2ヶ月後パリに戻れ。」
「なっ…!なんだよそれは!
美月が退職?俺がパリ?誰が…」
「俺が決めた。この状況で先もわからない人間をいつまでも在籍させておくと思うか?」
「それは…!でも美月は優秀な人材だ。誰がその損失を穴埋めできる?
彼女の仕事をこなすには一人や二人採用じゃ足りない。
それにパリなんて…」
「彼女を残しては行けないか?」
「…………そうだ。」
拳を握る。……決定権を持たない自分の立場がこんなに歯がゆいなんて。
「お前はHARUSEの家にいつか彼女を迎えるつもりか?」
いつかもされた質問。答えはとっくに決まっている。
「…当然だ。秘書としても完璧だが俺の女としても……妻としても、美月以外は要らない。」
外を流れる景色。気づくと、見慣れた通りにいた。
………あ?ここは………
そう。ここは……美月のいる病院だ。
「兄貴…?」
「……それだけ本気なんだろう。彼女を起こして体調を整えさせろ。
退職なんだから仕事のことは心配いらない。
ゆっくり休ませて、そして……改めて秘書として雇ってパリへ連れて行け。」
「……!兄貴……。ありがとう。
でもなんで…。この前だって、守ってやれなんて…」
車は優雅に、エントランス前に滑り込んで止まる。
「……彼女が笑えるならそれでいい。」
「…………は?」
…今なんて?
「いいから行けよ。」
ふと、高野さんの言葉がよぎる。
『大物だって一撃で沈めるぞ』
まさか…兄貴まで?
でも美月ならあり得る……。
「あの…さ、…………何語だった?」
「………ドイツ語。かな。たぶん。」
「……っくっくっく。さすが俺の女。
社長相手にそれかよ。」