君と春を



「冬瀬、急な会食が入った。ランチの時間、君の好きな所なんでもいいから抑えておいて。」

「はい。何名でしょう。」

「んー、ふたりでいいかな。個室でね。」

それは今朝の会話だった。



そして今はランチタイム。


……なぜか私は専務とその料亭の個室にいた。

「……あの?」

「ん?」

「会食では?」

「そうだよ。」

「では私は社に戻ります。」

「いや、ここに居て?
君との会食だから。」

「……………………」

やられた。こうなると逃げられないじゃない。

そして目の前にいる専務はニコニコとご機嫌だ。そして私はその笑顔にイライラする。

「…なんでそんなに私に構うんですか?専務なら女の子いくらでも捕まえられますよね。」

冷たい視線を向けて、威嚇するように言い放つ。

「……俺はやっぱり君のことが知りたい。……好きだから。

ハッキリ言って自分から興味を持ったのは君が初めてだよ。

嘘だと思う?…でも本当なんだ。

職場の女の子には手を出さないと決めていたし、一度は拒まれたから迷ったけど…でもやっぱり好きなんだ。

営業スマイルじゃない、本当の笑顔を見たいと思ったんだ。」

正面に座った彼の真剣な表情から、本心であることが伝わる。

それがあまりにまっすぐで…苦しくて目を伏せてしまった。



私は……



「………専務、私は誰も好きならないし関心を持たれるのも嫌です。

もう…二度と誰かに心を許すことはしません。

だからもう…構わないでください。」


それはずっと思ってきたこと。


私の心はもうずっと前に凍らせたから。


俯いていた顔を上げると専務は……柔らかく微笑んでいた。

「……少しだけど君の心が見えたよ。
本音を言ってくれてありがとう。
理由が俺を嫌いだからじゃなくて良かった。

こんな風に誰かを想ったのは初めてだからね。

簡単には諦めないし焦らないでゆっくりやらせて貰うよ。
無理強いしたりはしないから。

俺のやり方で、君の心を動かして見せるよ。」

「……………」

二の句が告げられない。どうしてそんなにまっすぐに気持ちを向けてくるんだろう。

ーコンコンー

そこで料理が運ばれて、この話は終わってしまった。



心がざわざわする。



誰にも関心を持って欲しくないのに。



でも、どうして……



私は……………。



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