さちこのどんぐり
そのとき
「はい、どうぞ」椅子に座ってる香奈の右上のほうから声がした。

誰かが拾ってくれたみたいだ。

「ありがとうございます。」
顔の見えない親切な人に香奈はお礼を言った。

すると、体温計を受け取った香奈の右上から再び声がした

「俺、高校2年で栗原正樹。ここに入院してんだ」

「同じです。2年で坂崎香奈です。」

「その…なんていうか…目が…?」
正樹が香奈の様子から、遠慮して言葉を選んでいると、

「うん。見えなくなっちゃったんだ。でも手術したら見えるようになるって…」

「そっか。久しぶりに同年代と話ができたから嬉しくって…」

うわ…男の子。いま入院着だし、髪型とかもボサボサかも…どうしょう…
あ、眉もやばいかも…
焦る香奈に正樹は話を続けた。


「手術受けるんなら、しばらくいるんだろ?
退院するまででいいから、時々話し相手になってよ」

香奈はドキドキしていた。




「香奈、お待たせ。部屋に戻りましょう。」
母の声がした。

「こんにちは。初めまして。栗原正樹です。」

「あら、こんにちは。あなたもここに入院してるの?」

その会話に香奈が割り込んだ。

「おかあさん、さっき体温計落としちゃって困ってたら、彼が拾ってくれたの」

「そう、ありがとうございます。あなたはどこが悪いの?」

「大したことないんです。少し体調を崩しちゃって…」
そのとき正樹の前髪から覗く二重の優しげな目が少しだけ曇ったことに香奈の母は気付かなかった。


病室までの廊下を3人で歩きながら会話は続いた。

そのとき突然、正樹が

「あ!そこ手摺気を付けて」

「大丈夫だよ。さっき、おかあさんからも聞いた。」



香奈の病室の前に着いて、そこで正樹とは別れた。

「なかなかイケメンだったわよー正樹くん。爽やか系っていうの?」
なぜか母がウキウキした口調で香奈に言った。

どんな顔してんだろ?
手術して目が見えるようになったら…

さっきまで暗く沈んだ気持ちだったのに
そのとき、香奈の心は少し明るくなっていた。




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