さちこのどんぐり
深夜にもかかわらず、犬を診てくれた獣医によると

お腹の下の辺りから出血してる原因が膀胱の破裂だったら命が危険な状態だとの説明があった。



しばらくして、治療を見守っていた二人に

検査の結果、膀胱破裂の心配はなく、
骨折と外傷だけだから数日の治療で元気になるだろうとのことだった。

さらに犬の首輪に識別ナンバーがあったので
翌日になって登録センターが開いたら、飼い主を確認すると獣医は言い、

「あとは任せてください。お疲れさまでした」

そう言われて、奈津美は男の車で部屋まで送ってもらい、そこで彼と別れた。

時計を見ると時刻は深夜の2時を過ぎていた。

部屋に入って、その日に起こったドラマチックな出来事を、
突然のドキドキした出来事を奈津美は思い出していた。

ポケットのなかの名刺を見てみると、
「大森和也」と書かれてあった。


翌朝、
二人とも獣医に連絡先を告げていなかっため、紹介してくれた友人から

「さっき獣医さんから電話あったよ」と
犬の経過についての連絡をもらった。

それによると、
今朝になって犬の首輪にあった識別ナンバーから飼い主が見つかり
ケガの状態も獣医によると「もう大丈夫」とのことだった。


「良かった」奈津美は嬉しかった。

そして、かなり迷ったあげく、
昨夜聞いた大森の携帯に電話して、そのことを彼に教えてあげると

「そっかぁ~!よかったぁ~ほんとによかったぁ~!」

一見クールに見えた、大人な彼がそう言ったのを聞いて
奈津美は心の中に暖かい感情が湧き上がるのを感じていた。

それは小野寺に感じた感情とは違ってた。

刺激的ではないけれど、もっと優しく、穏やかな、暖かい感情だった。


必死で犬を助けようとしていた真剣な表情と、
獣医からの帰りに奈津美に見せてくれた笑顔。

多分、さっきの電話では、そんな笑顔をしていたんだろな。


奈津美は再び大森の名刺をポケットから取り出した。

一緒にポケットに入っていた「どんぐり」が一つ床に転がり落ちる。



それを拾った彼女は名刺と「どんぐり」をしばらく眺めていた。


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