さちこのどんぐり
いまだ片づけていない「ぬいぐるみたち」を横目に見ながら、キッチンの冷蔵庫を開け、なかから缶ビールを一本取り出すと、それを一口飲んだ。

「ふう」

ため息をついた大森は、茶色のクマが描かれたコーヒーカップが置かれているのが視界に入った。

「かーたん!見て!見て!このコーヒーカップかわいいでしょ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

大森の脳裏に奈津美が浮かぶ。

「ねぇねぇ!かーたん聞いて!聞いて」

「かーたん!お腹空いたね~」

「かーたん!だーい好き!」

「かーたん!ちゅーしよ!」

いろんな奈津美の表情を思い出し、いろんな奈津美の声を思い出し
大森はキッチンの調理台の前で、ずっとそのコーヒーカップを見つめていた。

そして
彼自身、予想だにしていなかった感情に戸惑いながら奈津美に対する気持ちに気づいた。

奈津美がいないことが、こんなにも寂しいなんて考えてもいなかった。
彼女に会えなくなって、これほどまでに「会いたい」と感じるなんて・・・

これまでも、女性と別れることは、たくさんあった。

確かに数日は寂しいと感じることもあったが、ここまで、自分の感情が抑えられないくらいに「恋しい」と思ったことはなかった。

大森は奈津美に対して、無理をしていたのは、それほどまでに好きだったからだということに気付いた。

奈津美が同年代の仲間との飲み会に行ったりすることに対しても、平気な振りしたり、電話で奈津美が泣きながら怒ったときのような対応をしたのも、

無理して大人な自分を演じていただけで、
本当は奈津美といるであろう自分より若い同年代の男たち嫉妬していた。

そして心配していた。
本当は胸が焼き尽くされるくらい不安だった。

そんな感情に戸惑って、受け入れられなくて、




ああ・・・俺はなんて馬鹿だったんだ・・・


薄暗いキッチンの片隅で、大森は後悔にくれていた。






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