さちこのどんぐり
その頃

奈津美は部屋でひとり、どんぐりを眺めながら考えていた。

「なんで、こうなっちゃったんだろう?」

年の差に大森はいつも
「いいのか?俺で?」

って奈津美に聞いてきた。

奈津美は本当に大森のことが好きだった。
外見も大森が感じている年の差なんて気にならないくらい「かっこいい」って思ってた。

それに優しかった。奈津美のことを大事にしてくれた。
一緒にいると楽しくて、安心できて、幸せだった。

奈津美が疑問に感じたり、テレビとかで知らない言葉などが出てきても
大森はなんでも教えてくれた。

「このひとは知らないことがないんじゃないだろうか?」
と奈津美が本気で考えるくらいだった。

そんな博識なところも大好きだった。尊敬していた。

「でも、やっぱり・・・あたしじゃ釣り合わなかったんだ・・・」

奈津美は悲しくなった。
彼女なりに精いっぱい、大森のことを考えていたつもりだった。

がんばったのに・・・

大森にとって、あたしは負担であり、重かったんだ。
でも彼はやさしいから、無理してあたしに合わせてくれて・・・

本当に嫌われてしまう前に、あの日彼の部屋を出てきて正解だったんだ。

あのひとには絶対、嫌われたくない。

奈津美も部屋でひとり泣いていた。

同じころ、大森も奈津美を想って、会いたいと願っていることなど想像もできずに。


翌日、奈津美のことを考えているうちに、なかなか寝付けず、寝不足となった大森は
かろうじて会社には行ったが、周囲の社員が気を遣うほど、彼の様子は「病人」みたいだった。

なんとか一日の仕事を終え、部屋に帰り着いた大森のスマホが鳴った。

(もしかして奈津美から?)
そう思ってスマホを見た大森は、そこに表示されていた「坂崎」という名前を見てがっかりした。

「はい。大森です。」

「すまん。夜遅くに」

「いや、まだ10時前だし、気にするな。それより、どうしたんだ?」

「昨年末に、お前に相談してたオカンの事故の件で、昨日すべて解決して保険金も支払われたって連絡があったから、礼を言おうと思ってな」

「そっか・・・よかったな」

「ああ。でも、ずいぶん時間が、かかるもんなんだなぁ」

「人身事故の場合は、それくらいかかるよ」

「とにかく。本当に助かったよ。ありがとう」

大森は親友の坂崎と話しているうちに、
最近、自分のなかに抱えている問題について、彼に聞いてみたいことがあったことを思い出した。

「なぁ!お前、今の奥さんと結婚しようって決めたとき、抵抗はなかったか?その・・・なんていうか・・・自由がなくなるとか、責任みたいなもんが重いなぁとか・・・」

「どうしたんだ?ついにお前も結婚するのか?」

「いや…そういうわけじゃないんだが…今ちょっと悩んでてな。それで、お前に聞いてみたいと思ってたんだ」

大森の質問に坂崎は

「そりゃ、あったよ!いまだから言うが、結婚式の前夜なんか、いっそ逃げてしまおうかと思ったくらいだ」

「そうなのか・・・」

「ああ。でもな、今となって後悔はしていない」

「そうか…」

「どうしたんだ?お前がそういうことを俺に相談してくるなんて…」

「ただ…どんなもんなのかなって思ってな…。俺はずっと一人が長かったから、誰かと一緒に暮らすというのが苦手というか、ついイライラしちゃうから」

「お前以外も大概、一人のほうが、自分のペースやスタイルで生活できて、自由だし気楽でいいって思ってるよ」

「そうなんだよな…」
「でも、『結婚』ってのは一緒にいたいと思った相手と一緒にいるための『手段』だから」

「手段・・・?」

意外な坂崎の言葉に大森は少し驚いた。

「そうだ『手段』だ。仕事にしろ、なんにせよ・・・自分が得たいと思うものの代償として『我慢』しなきゃいけないものがあるってことだ。
その『得たいもの』と『我慢』を天秤にかけて、『得たいもの』が勝ってて、どうしてもそれを得たいなら、しょうがないことだって俺は思ってるよ」

「そっか・・・」

そう呟く大森に坂崎は

「もう一度聞くが、お前、何かあったんじゃないのか?」

「なんで、そう思うんだ?」

「なんとなくかな・・・お前とはガキの頃からの付き合いだけど、お前がそんなふうに女のことで真剣に悩んでいるのを見るのは初めてだから…」

「………」

「事情は知らんが、お前がそんなふうになっていることで「答え」は出てるんじゃないのか」

「………!」

いまの大森にとって坂崎のその言葉は極めて明快だった。大森は俯いていた顔をあげて坂崎に答えた。

「そっか…確かにそうだな」

そうだった。
大森の奈津美に対する気持ちは、彼が今、こんなふうになってしまっていること自体で既に『答え』は出ていたのだ。
彼にとって、他の何より「得たいもの」は何か。そして、そのために彼がすべきことは何かということも。

何かを察した坂崎が大森に告げた。
「いい年して後悔するようなことはやめろよ。お前は『かっこつけ』で『意地っ張り』だから」
そんな坂崎の話を聞いて、大森は決意した。

「坂崎・・・」

「なんだ?」

「ありがとう」




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