さちこのどんぐり
◆かっちゃんらしいね
「そうか…わかった。もう時間遅いから気を付けて帰っておいで」
夜の二十時過ぎ、ちょうど仕事から千葉にある自宅に帰った東西商事の坂崎義男は病院から、かかってきていた妻からの電話をきった。ケガの影響で娘の香奈の目が見えなくなって、坂崎もひどく心配していたが、彼の妻からの電話によると今日の検査の結果も良くて、来週、手術を受ければ、また見えるようになると医師が説明してくれたらしい。坂崎は少しだけほっとした。彼一人だけのリビングはしんと静まりかえっている。

「ふう…」

坂崎は大きく息を吐きながら、ネクタイを緩め、上着を脱いだ。そのとき彼のスマホが鳴った。表示を見ると新潟にいる彼の母親からだった。

「もしもし」電話に出た坂崎に彼の母は
「義男かい?香奈ちゃんはどう?」
現在、入院している娘の様子を心配して連絡してきたようだ。坂崎が状況を詳しく説明すると

「そうかい。また見えるようになるんだね」
「ああ、病院の先生はそう言ってる」
「ちゃんと香奈ちゃんの目が治って、来年は、また皆で遊びにおいでよ。楽しみにしてるから」

普段は母親からの電話に対しては、照れ臭くて言葉少な目に電話をきってしまう坂崎だったが、家にたった一人で不安を感じていたときに聞いた母親の声がうれしくて、その日は饒舌に応えていた。しばらく話していた母親は

「そう言えば…、お前知ってるか?薬屋の西村さんとこにいた真美ちゃん…」
「ああ、知ってる。彼女も東京の大学に来てて、こっちで偶然会ったんだ。母さん覚えてるかな?家によく遊びに来てた大森和也。そのころ彼女はその大森と付き合ってたんだよ。」そう答えた坂崎に彼の母親が言った。
「去年、癌で亡くなったんよ。まだ若かったのに…」

「…………!」
坂崎は驚いた。そして自分と年が近い知人の死がショックだった。驚いて、黙ったままとなってしまった坂崎に母親は話を続けた。

「それでってわけでもないんやけど…最近、自分が死ぬときのこととか考えてしもてな。
そろそろ墓もちゃんとしようと思うんやけど…」

「そんなん…まだまだ先だろ!いずれ俺がちゃんとしてやっから、そんな話は止めよ」
坂崎は、その話から逃げてしまった。


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