さちこのどんぐり
吉田は、涙でぼやけてしまう妻の顔を見つめた。

そして、
彼女にプロポーズした池のほとりに似た風景を眺め、
幸せだった日々を思い出していた。



そのとき、さっき見かけた白いネコが二人に近づいてきた。
でも何かを警戒しているのか、少しだけ二人と距離をとりながら

吉田がよく見ると、口に何かをくわえているみたいだった。
そのネコがくわえていた「何か」を下に置いたとき…


それは「どんぐり」だった。

それを見て、舞子にプロポーズしたときのことを思い出した吉田は、堪えていた涙が止まらなくなってきた。
次第に嗚咽の声を殺すこともできなくなって…

ああ…
二人の時間の大切さを
なぜ、こんな風になる前に気づかなかったんだろう。


そのとき
声を殺して泣いている吉田の手に
ずっと水面を眺めていた舞子が手を重ねて…静かに口を開いた。






「宝石なんか、いりません…
 私と結婚…してください」



吉田は堪えていた声が涙といっしょに
あふれ出してきて、

「…宜しく…お願いします…」

そう一言答えた。



その翌日
舞子は死んでしまった。

静かに、穏やかに

微笑を浮かべたままで…



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