さちこのどんぐり
◆雪と奇跡と
暦は11月も終わろうとしている。
街は気の早いクリスマスのイルミネーションに彩られ、寒く冷たい空気も神聖に感じられる頃になっていた。
会社を早めに出た坂崎が、娘の入院している病院に寄ったあとに妻と二人で千葉にある家に帰りついたときは21時になっていた。

妻はキッチンに向かい、買ってきた惣菜で夕食の準備をしている。
坂崎はリビングで上着を脱ぎ、ネクタイを緩めながら、何気なく、壁ぎわにあるテレビをつけた。

「26日朝に再婚した妻の連れ子が自宅アパートのベランダで死亡していた事件で、警察から任意の取り調べを受けていた父親が今日、逮捕されました。容疑は傷害致死です」
そんなニュースの声に

「ひどい話だな。」坂崎は怒りを感じながら、そう呟いた。

「逮捕されたのは自称会社役員の倉橋健次(三五歳)。亡くなった光太君はまだ八歳で、暴行を受けた後、数時間に渡ってベランダに放置されたものとみられています。光太君が亡くなった夜は気温が五度を下回っており、警察は殺人での立件も視野に入れながら、慎重に捜査を進めております」

しばらく、そのニュースに耳を傾けていた坂崎は

「なんだ?この事件が起こった場所はうちの会社の近くだな」

毎日、通っている土地で発生した残酷な事件に、彼は一層不快感を感じた。
再びテレビに目を向けると3分程度のニュース番組が終わり、いま人気のある芸人がMCをしているバラエティ番組の放送が始まった。

部屋着に着替えた坂崎はリビングのソファーに腰かけ、妻が、忙しくキッチンで夕食の支度をする音を聞きながら、さっきまで見舞っていた彼の娘のことを思った。
娘の目の手術は2日後。
娘に病院で親しくしている同い年の男の子がいることは妻から聞いて知っていた。
父親として娘に親しい男がいるというのは、こんなときでも聞くと複雑な気持ちが沸き起こってくる。
しかし妻から、その男の子の病名を聞いて、坂崎はあることを思い出していた。
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