彼岸の杜



清二さんが何かを呟く。それを聞いて茜は少し目を見張ってからどこか幸せそうで、でもとても悲しげな表情を浮かべて。



「僕は、君を……を、こんなに愛してるのに……」



2人の影が重なったと同時にあたしは音を立てないように注意しながらその場を駆け出した。ボロボロと目から涙が溢れる。


見て、いられなかった…いられるわけないよっ、あんなに悲しげで苦しげで辛そうな2人を直視なんてできないっ!


息をするのも苦しくなるような胸の痛みは悲しみだけじゃなくて、清二さんが心から伝えたあの愛の告白があったから余計に辛くて。


知らなかった…あんなに想いにあふれた「愛してる」があったなんて。聞いてるこっちにまで届くような心の叫びがあるなんて。


あたしだって恋をしたことぐらいある。彼氏だっていたことあったし、好きだって気持ちを知ってる。でも、それかどんなに軽いものなのかがわかった。


あたしはあんな風に心から好きだって叫んだことはない。人の心を揺さぶるような強い思いで告白したことはない。そんな思いを、抱いたことすらない。


流れる涙さえそのままに全力で走って布団の中に潜る。その中であたしは思いっきり涙を流した。あたしが泣くなんてはっきり言って余計なお世話だけど、それでも涙は止まらなかった。




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