強引社長の甘い罠
 思わず声を上げてしまった。祥吾がまばたきもせずに見つめていたそれを見て、私は最初の一声を発したあと固まった。
 驚きと混乱で息もできない。呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、ギュッと唇を引き結び、ドクドクと乱れる鼓動を落ち着かせるのに必死だ。

 私の声で、やっと私の存在に気づいた祥吾の肩が、見てはっきり分かるほどビクリと跳ね、すごい勢いで首を回して私の方を向いた。

「唯……」

 祥吾は私以上にうろたえていた。私ももちろん目の前の状況が理解できなくて困惑しているけれど、彼は可哀想なほど落ち着きを失っていた。さかんにまばたきを繰り返し、忙しなく視線をあちこちに走らせている。こんなに動揺している祥吾を見るのは初めてかもしれない。

 彼が手にしていたのは紙切れなんかじゃなかった。私が部屋に入ってきたのにも気づかないくらい祥吾がジッと見つめていたのは、風になびく長い髪を片手で押さえながら笑う私の横顔。アップで撮られたその写真を私は覚えている。昔、祥吾と二人で海へ行ったとき、防波堤に腰を下ろした私の隣に座り、彼が携帯電話をかざして撮ったものだ。祥吾はそれを、プリントアウトしていたらしい。そしてなぜか、今も持っている。

「祥吾……その写真……」

 恐る恐る口を開いた。

 祥吾が立ち上がった。手にしていた写真をジーンズのお尻のポケットに突っ込む。
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