強引社長の甘い罠
「祥吾……」

 彼に体を預けたまま、私はそっと頷いた。私の頬が彼のTシャツを擦る。私はそのまま顔だけ動かして正面を向くと、彼のTシャツごしの胸板に額を擦りつけた。

「……私も、ずっと好きだった」

 祥吾が腕の力を緩めると、私たちの間にほんの僅かな隙間ができた。少し屈んだ彼は両手で私の頬を挟むと間近で囁く。

「君は俺のものだ。もう絶対手放したりしない」

「私はあなたのものよ。二度と手放したりしないで」

 彼の言葉を復唱する。深い海の色を湛えた瞳は希望に満ちて光り輝いているようだった。

「ああ、唯……、俺の唯……」

 自分のものだと確かめるように、何度も私の名を呟きながら、彼は囁く。額を私の額に擦りつけ、目を閉じ、歓びを噛み締めるみたいに声を震わせた。そして目を開け微笑む。少し不安そうに言った。

「キスがしたい」

 驚いた。祥吾がそんなことを聞くなんて。今まで、一度だってそんなことを聞かれたことはなかった。付き合っていた当時も。再会してからだって、彼はまるで奪うように強引に私にキスをした。私の同意を得ようなんてことはしなかった。

 けれど今はどう? 彼は少し怯えるみたいに私の反応を窺っている。自信に満ちた傲慢な男はどこへ行ったの?
 私も微笑んだ。胸がキュッと締め付けられた。彼を安心させてあげたい。私にそれができるなら。
< 119 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop