強引社長の甘い罠
* * *

 翌週になり、忙しい中、慌しく展覧会の準備を終えた私たちは、何とか無事に当日を迎えることが出来た。
 私は先週、鈴木課長に言われたとおり、今日は秘書課のお手伝いで重役クラスのお客様を接待することになっている。

 年に一度の展覧会での接客ということもあり、今日はいつもよりきれいめのスーツを選んできた。
 淡いブルーのスーツはジャケットのポケットと一つあるボタン部分についたリボンが甘さを出していて、フレアのスカートの裾シフォンもお気に入りだ。

 私は社員証をもう一度確認すると、受付の隣に立つ。やがて少しずつ人の出入りが増え始め、営業マンが自分の顧客と用意された各ブースを回りシステムの説明をしているのを眺めていた。

 重役クラスの接待だと聞いてはいたが、特別これといって声が掛からない。
 私はいつもデスクでひたすら自分の仕事をこなすだけだから、こうして入ってくる人の顔を見ても誰が誰だか全く分からなかった。どこの取引先かも分からない私がこんなところに突っ立っていて、果たして意味があるのだろうか。

 私にこの役目を押し付けた人物は、いったいどういう人選をしたのだろう。簡単にクジで決めただけではないかと疑ってしまう。いや、きっとそうなのだ。だって、それ以外に私がこの仕事を押し付けられる理由が浮かばない。

 受付横に突っ立って、パンフレットを渡すぐらいしかしていなかった私も、さすがに一時間もそこに立ち尽くしたままでいると、慣れない立ち仕事に疲れて、高めのヒールの靴を履いた足が痛んできた。
 こんな時間があるなら、少しでも自分の仕事を進めたいと思ってしまうのは仕方がない。

 にこやかな笑顔を浮かべて完璧な対応をする受付の女性たちを見ていると、余計にうんざりしてしまう。彼女たちと私じゃ、その経験の差からいっても接客のスキルに違いがあるのは当然だが、それを目の当たりにするのは面白くない。
 私は少し不貞腐れて、気づかれないよう小さく溜息を吐いた。

「七海さん」

 その時、突然名前を呼ばれた。もしかして溜息が聞こえてしまった?
 だが、それは杞憂だった。

 秘書課の女子社員が一人、私の方へ、カツカツとヒール音を響かせながら近づいてくる。社員証には【杉浦悦子】とあった。その杉浦さんが、自分の腕時計で時間を確認しながら言った。

「そろそろ見える頃だから」
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