強引社長の甘い罠
「七海さん、ちょっといいかしら?」

 仕事に取り掛かってすぐ、私は鈴木課長に呼ばれた。
 入り口ドアの横にあるパーテーションの向こう、折りたたみテーブルが2台とパイプ椅子が5脚置かれただけの簡易的なミーティングルームに向かう。
 パーテーションの中に入ったとたん、鈴木課長が言った。

「来週の展覧会のことなんだけど、七海さん、あなたにはちょっといつもと違う接客をお願いしたいの」

「いつもと違うことですか?」

「ええ。秘書課から七海さんに要請があって。あなたには重役の方の接待をお願いすることになったわ」

「ええっ!?」

「忙しいときに申し訳ないけれど、これも仕事だから……お願いね?」

 少し眉尻を下げて微笑む鈴木課長。仕事と言われれば断れるはずもない。だけどどうして? なぜ私がいきなり重役の接待に借り出されるの?

「あの、課長! なぜ私なんでしょうか? 私は普段はこういう仕事ですし……どちらかというとお茶出しとかにも慣れていません。重役の方に、ということであれば尚更失礼があってはいけませんし、接客に慣れた人の方が適任かと思うのですが……」

 私は誰でも思うような疑問をはっきり口にした。おそらく、鈴木課長だってそう思っているに違いない。私の問いかけに少し困った表情を見せたから。

「そうね……。でも、七海さんにっていう話だったから……。きっと他の部署も忙しくて手が回らないんじゃないかしら。七海さんも忙しいのは分かってるけど、今回は引き受けてもらえない?」

 そんなことを言われて断れるはずもない。そもそも最初から私に断るという選択肢は用意されていないのだ。

「……はい、分かりました」

「ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です」

 課長が謝るようなことじゃない。課長はただ、話を私に伝えただけなのだから。
 私は、どうして突然私がそんな仕事に借り出されたのか、釈然としないまま自分の席へと戻った。
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