強引社長の甘い罠
 聡が淹れてくれたコーヒーをお礼を言って受け取った私は、それを一口啜るとまた視線をパソコンに向けた。
 カチャカチャと控えめにキーボードを叩きながら、背後の聡に相槌を打つ。

「うん。どうやら今回の企業買収も関係しているらしい。新しい経営者が持ってきた仕事だって聞いたよ」

「へえ……」

 聡の話に相槌を打つものの、私は本当のところさして興味はなかった。

 この会社も、少し前にとある人物に買収され、経営者が変わるという話で社内は騒然となっていたが、私はいたって冷静だった。経営者が変わろうがどうなろうが、そこに自分の仕事があって相応の報酬があれば、私はそれで満足だ。

 上層部のことは、自分には関係ないと思っているし、そこまでこの会社に愛着があるわけでもなかったからだ。ただ、日々の業務を納期を守ってこなしているだけ。そこに夢や希望があるわけでもない。

「相変わらずクールだね、唯は」

 私の淡々とした反応に驚きもせず、聡が笑った。
 私はデータを保存すると二台のパソコンで動作を確認し、それからやっと聡を振り返った。

「それは褒め言葉? それともけなしているの?」

「もちろん、褒め言葉だよ。俺が唯をけなすはずがないだろう?」

 聡はおどけたように少し大げさに肩をすくめてみせると私を促した。

「じゃあ、行こうか。もちろん今日は俺のおごりでね」

 軽くウィンクをして見せる聡に、私は呆れながら笑みを零す。
 納期までまだ三日も余裕がある仕事を片付けた私は、パソコンの電源を落としてデスクを片付けると席を立った。
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