強引社長の甘い罠
 祥吾の名前が出てつい反応してしまったけれど、及川さんに聞かれた私はしどろもどろになってしまった。今夜二人に話すつもりでいたとはいえ、それは“今”じゃない。
 及川さんが不思議そうに眉根を寄せる。すると皆川さんがはしゃいだ声を出した。

「七海さんなら知ってて当然ですよね。実は私、今さっき聞いたばかりなんですよ。ちょうど私が総務に寄ったら、秘書課の杉浦さんが来てて総務の人と話してるのを聞いちゃったんです」

 この瞬間、私の頭の中でいろんな考えがめまぐるしく動いていた。杉浦さんは知っている。展覧会のときに一緒にいた少しきつい印象の秘書課の人だ。彼女が何を話していたというの? 何を知っているというの? 祥吾は私との関係を彼女たちに話したの?

 急に黙ってしまった私に、及川さんは尚も怪訝な表情をしてみせたけど、皆川さんは気づかなかったらしい。今しがた仕入れた話を聞かせたくて仕方がない様子だ。私は彼女の話の内容に見当をつけて戸惑うばかり。だから皆川さんの言葉に私は一瞬自分の耳を疑った。

「あくまでも噂らしいんですけど、どうやら桐原社長、婚約しちゃったらしいんですよ!」

「ええっ!?」

「へっ?」

 エレベーターホールの横の狭い一角に、及川さんの大きな声と、私の間の抜けた声が同時に上がった。

「……って七海さん、知ってたんじゃないの?」

 及川さんが隣の私の顔を覗き込む。私はぽかんと口を開けてかなり間抜けな顔をしていたのだろう。さすがに皆川さんにも訝しがられた。

「七海さんも知らなかったんですか?」

 皆川さんが小首をかしげる。

「ええっと……」
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