強引社長の甘い罠

宣戦布告

 グレーに近い薄いブラウンのシフォンワンピースを着た私は、椅子の背に掛けていたアイボリーの七部袖ジャケットを羽織るとバッグを掴み、急いでエレベーターに飛び乗った。
 ビルの外に出ると心地良い風が頬を撫でていく。日中はまだ残暑が厳しいけれど、朝晩はとても過ごしやすくなっていた。季節はすっかり秋に変わっている。

 急いで会社を出てきたけれど、急に足取りが重くなった。このまま黙って帰宅してしまおうか、という気になりかけている。

 こうして未だに私がこの会社で働いているのは、生活のためというのもあるけれど、ほとんどはただの意地だと思う。仕事に生きがいを感じているわけでもない私が、どうして祥吾が社長を務めるこの会社に今も席を置いているのか。こんな仕打ちを受けた今、さっさと見切りをつけて新しい仕事を探せばいい。私はまだ二十七歳だ。いくら不景気とはいえ、頑張れば次の仕事だって見つかるはず。毎日こんな思いをするくらいなら、そうした方が利口な人間の選択といえるだろう。

 マンションで祥吾を待ち伏せし、佐伯さんを乗せた祥吾の車がマンションの駐車場へ消えていく様を、茫然自失で見送ってから一ヶ月が経っている。あれから二人の婚約の噂はあっという間に広まり、女子社員は皆、それを嘆いていた。でも、そうやって人前で堂々と悲観できるのは、祥吾を本当に好きじゃない証拠。ただの憧れだったから簡単に騒ぎ立てることが出来るのだ。私にはとても……出来そうにない。
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