強引社長の甘い罠
「……どうして、来たの?」

「何だって?」

「……祥吾はどうしてここへ来たの? あの時、私が送ってくれるか聞いたときは、用事があるって言ってたじゃない。それなのになぜ? 食事まで用意して」

 シャーベットに視線を落としたままの私に彼の表情はわからない。でも、彼が鋭く息を吸い込んだのがわかった。
 長い沈黙の後、祥吾がぽつりと言った。

「もともと、ここで食事をする予定だった」

 そのたった一言で、私は全てを理解した。スプーンを持っていた手が震える。カチャンと音を立ててスプーンを置いた。気づかれないようにゆっくり長い呼吸を繰り返す。大丈夫、私は落ち着いている。胸がドキドキして、心臓が痛くて苦しいけれど。

「……そう。ありがとう、おいしかったわ。ごちそうさま」

「もういいのか?」

「ごめんなさい。やっぱり全部は食べられないみたい。でも本当においしかった」

 うまく笑えたかどうか自信はない。だけど私は静かに席を立ってダイニングを後にした。

「……唯」

 祥吾が私の名前を呟いたのは聞こえていたけれど、私は気づかない振りをした。彼も呼び止めるつもりはなかったみたい。
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