強引社長の甘い罠
「誰に?」

「祥吾よ……あっ……」

 うっかり口を滑らせた祥吾の名前に、私は慌てて右手で口元を覆った。
 良平は祥吾のことを知っている。だけどその彼が私の会社の社長になったことや、彼と再び恋人同士になったこと、そしてまた別れたことは知らない。私はまだ良平に全てを打ち明けていなかったのだ。隠していたつもりではなかったけれど、話す機会がなかった。

 だけど良平はある程度のことを把握していたらしい。彼はとくに驚きもせずに頷いた。

「ああ、唯の会社を買収したのは彼だったな」

「え? あ……う、うん……よ、よく知ってるね」

 隠し事をしていたようで何だか少し罰が悪い。

「それで唯は彼とよりを戻したのか」

「えっ!」

「あ、ついたよ。ここだ」

 私が驚いて顔を上げると、ちょうど目的の店についたようだ。
 足を止めてその場所を見ると、使い込まれて黒く変色した分厚い松の木の看板に【そば】と書かれている。建物もそこだけ見ると明治か江戸か……まるでタイムスリップしたような気になる古い日本家屋だ。
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