強引社長の甘い罠
 七月に入ると、かなり蒸し暑くなってきた。梅雨入りしたと聞いたが、ここ数日は晴天が続いている。私は白いシルクの半袖ブラウスの上に羽織っていた淡いブルーのカーディガンを脱ぐと、ベンチになっている椅子に腰を下ろした。

 金曜日の今日、会社から一駅離れた場所にあるこの居酒屋は、仕事帰りの会社員で賑わっていた。

「それで? 何がどうしてそうなったわけ?」

「何がって……」

 私の向かいに座った及川さんが片肘をつきながら、目の前のお皿に盛られた一口サイズのから揚げをひょいと摘んで口に放り投げた。もぐもぐと咀嚼してからゆっくりとそれを飲み込む。それから私を見てまた言った。

「この前の井上くんの様子から推察する限り、振ったのは七海さんなんでしょ?」

 私を視界の端に捕らえながら、二つ目のから揚げに手を伸ばした彼女からは、話の先に興味津々な様子が伝わってくる。
 
 先週の木曜日に聡と別れた後、彼とはこれからも仕事仲間として、友人として付き合っていくことで同意していたけど、やはり急に以前のような友人関係に戻るのは難しかった。

 何かにつけてお互いが気を遣ってしまい、そんな私たちの様子がおかしいことに身近にいる及川さんが気づかないはずはない。
 彼女に問い詰められ、私は聡と別れたことをあっさり打ち明けてしまったのだ。

「えっと……」

「何よ、せっかく会社では話しづらいだろうと思って、こうして貴重な金曜日の夜、時間を割いて集まってあげているのに」

 及川さんが言った。その口調はまるで私のために集まっているのだ、とでも言いたげだ。……実際、そうなのだが。
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