強引社長の甘い罠
 良平が注文してくれた料理はどれも素晴らしい味で、私は食事が進むにつれ、ずっと感じていた自分の中で渦巻く祥吾へのどうにもならない感情も、今、目の前の男性と食事をしていることで自分に向けられている女性たちの視線も、頭から追い払うことができていた。

 食事を終える頃には、ちょうどいい具合にほろ酔いで私はいい気分だった。こんな気分になれたのは久しぶりだ。それもこれも全ては良平の機転と気遣いのおかげだと思い、席を立ち、会計を済ませるために部屋を出て、私の隣を優雅に歩く背の高い男性を見上げた。

「良平、今日は本当にありがとう。こんなにリラックスできたのは久しぶりだったわ」

「それならよかった。俺でもまだ少しは役にたつわけだ」

 ニコッと笑った良平は、私の頭をポンポンと軽く叩くと、赤い絨毯の敷かれた廊下の端へと向かう。チラリと振り返り、目線だけで「行っておいで」と化粧室を指した。

 私は頷き、彼が会計を済ませようとするのを視界の端で捕らえながら体の向きを変えると、廊下を曲がった先にある化粧室へと向かった。

 良平に連れ出されてここへやって来たときからすべてが順調だった。鬱々していた気分は爽快で、四年ぶりに再会した良平との食事を心から楽しめた。
 幼い頃からずっと一緒だったイトコは私の心の機微をいつだって敏感に読み取ってくれる。それは今も変わらず、私はいつだって同い年の彼には妹のように甘えてしまうのだ。

 化粧室で手を洗い、鏡を見て口紅を塗りなおしながら、そこに映る顔が昨日、居酒屋の鏡でみた自分とはまるで別人に見えることに驚いていた。
 ほろ酔いでほんのりピンクに色づいた頬は血色が良く健康そうだ。唇は楽しげに上を向き、今にも鼻歌を口ずさんでしまいそう。なんだ、まだこんな気分になれるんじゃない。ホッとしながら化粧直しを終えた私は、バッグを掴むと化粧室を出た。

 が、楽しい気分でいられたのはそこまでだった。
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