強引社長の甘い罠
 及川さんの言葉に私はさらに気が重くなった。
 この仕事は新社長が持ってきた仕事だと聞いている。新社長……、それは先日の朝礼で、一瞬にしてその場の女子社員を虜にしたあの男。スラリとした長身の、黒い髪に濃いブルーの瞳を持つ男、桐原祥吾。

 彼が持ってきた仕事なら、今日これから行われる会議に彼も出席するに違いない。ここはせいぜい五十人も入ればいい狭い会議室だ。この前の広い多目的フロアとは違う。見渡せば、誰がどこにいるかくらい、すぐに分かってしまうのだ。

 こんな場所であの男に会わなければならないなんて。
 私を見たら、彼はどんな顔をするのだろうか。 驚く? 慌てる? それとも、罪悪感に満ちた表情を浮かべるのかしら?

 そして私はどんな顔をすればいい? まるで気にしていないと平静を装える? いいえ、そうしなければならないわ。例え彼が、今でも私の心を傷付けている相手だったとしても、それを彼に知られるわけにはいかない。彼に会っても、平然としていなければならない。

 私はぎゅっと拳を握り締めた。大丈夫、私はできる。
 幸い、あの男がここに来ることを私は知っている。対するあの男は、私がここにいることを知らない。突然出くわすよりも、こうして心構えしている私の方が有利なはず。
 私は彼を見ても、表情を崩さず淡々と接しなければ。

「どうしたの? 井上くんと一緒に仕事したくないの?」

 及川さんが、歯切れの悪い返事をした後、黙りこくってしまった私の顔を覗き込んできた。軽くカールさせた髪がサラリと落ちて、机にかかる。
 私は慌てた。

「違いますよ。そんなはずないじゃないですか」

「そうよねぇ……。じゃあその浮かない顔はどうしたの? 何か別の心配事でもあるの?」

「……いえ、別に。大きな仕事って聞いて、緊張しているのかもしれません」

 私は隣の及川さんを見ると曖昧に笑った。
 そんな私を見た及川さんは大丈夫、と力強い笑みを浮かべる。

「七海さんなら大丈夫よ。いつも仕事は早いし評判もいいし。それにほら、この仕事はあの社長絡みの仕事だもの。いい男を間近で見られる楽しみもあるのよ。もしかしたらこれがきっかけで、お近づきになれるかもしれないわ!」
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