強引社長の甘い罠
 最後の方は自分に言い聞かせる言葉だったのだろう。瞳をキラキラさせてガッツポーズを作る及川さんは、本気で祥吾……桐原社長を狙うつもりなのだろうか。
 彼女の生き生きした顔を見ていた私の胸が、なぜかツキンと針で刺したように痛んだ気がした。
 彼女は私の心配事の理由が、今話した桐原社長だとは思いもしないだろう。

 やがて、会議に出席するであろうメンバーが全員揃って暫くした頃、営業部長とシステム開発室長に続いて祥吾が会議室に入って来た。

 彼の姿を視界に捉えた私は途端に落ち着きを失った。鼓動が跳ね、胃の辺りが締め付けられるような妙な緊張感に包まれる。ボールペンを握っていた手に汗が滲んだ。

 祥吾が、部屋の前方に置かれた、私たちとは対面している会議テーブルの一番端に腰を下ろした。
 彼はいったん、ぐるりと部屋を見回した。

 私は慌てて背を少し丸めると首を竦める。前に座る人の影になるように咄嗟に隠れてしまった。
 目は合わなかった。大丈夫、まだ、気づかれていない。

 つい先ほど、表情を崩さずクールに接すると意気込んだばかりなのに、このざまだ。本当に私は冷静でいられるの?

 間もなく営業部長の合図で会議が始まった。机上に置かれた資料をめくりながら私が半ば上の空だったことは否めない。
 前に座る祥吾の視線が気になって、ソワソワと落ち着かないのだ。

 そんな半分意識を持っていかれたような状態で分かったことは。
 この仕事は車のオークション販売システムだということ。オークション会場とWebページが連動し、日本語バージョンと英語バージョンが用意されるらしい。
 さしずめ私や及川さんが担当するのがWebページのデザイン、英語への翻訳。聡たちSEが要のオークションシステム開発ということになるのだろう。

 話を聞いている限り、私たちWebデザイナーは通常とそれほど変わった仕事にはならなさそうだ。何かよっぽど急な変更がない限りは。
 けれど、聡たちSEや営業担当は寝る暇もないほど、忙しくなりそうな雰囲気である。それはきっと、その上に立つ者たちも同じだろう。いや、それ以上かもしれない。
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