不都合と好都合
工藤ひろ子
工藤ひろ子は年齢の割に大人になれない奴であった。
「今度、お宅の前の新築に越して来ました、橋川と申します。」
ひろ子は今、自宅の玄関で訪問客を受けていた。
その客はひろ子と同年代のように見受けられる女であった。
「これはほんのご挨拶のしるしです。」
女は小さな包みをひろ子に差し出しながら言った。
「これはこれは、お心遣い、どうもありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。」
ひろ子は満面の笑みを浮かべてそれを受け取った。
「それではこれで失礼します。」
「ちょっと待って!」
おいとましようとした客人の動きをひろ子は大声をあげて止めた。
「これからご近所同士になるんですもの。ちょっと上がってお話しでもしません?何もない所ですけど。」
ひろ子は満面の笑みのまま客人を誘った。
客人は少し迷う素振りを見せたが
「せっかくですが、まだ挨拶回りの途中ですので。」
と、断わり
「また落ち着いたら、改めてお邪魔させていただきますので。」
と、付け足した。
「いいじゃん!」
ひろ子はまた大声を出した。もう満面の笑みは浮かべていない。
< 1 / 19 >

この作品をシェア

pagetop