夢幻泡影
密告
瑛が目を覚ましたのは

夜だった


人の話し声に、耳を澄ます


「……桝屋だ……」


聴き取れたのはここだけだった


『桝屋ってあの店?』


瑛は、ここを抜ける方法を考えた

しかし、部屋の外で話をしているのが

栄太郎こと吉田 稔麿

亡くなった兄、翔より強い男

『隙を見つけよう……』


朝まで隙がなかった


「おはよう」

「おはよ」

「クスッ瑛、寝癖!」

吉田が瑛の髪を手ですくう

「やめて!!」

吉田の手を振り払う

「瑛……ごめんな。
俺が迎えに行けなかったから…
なかなか京に入れなくて…
聞いたよ…酷いことされたって
俺が欲しかったのは瑛だから!!
瑛の血じゃない!俺と夫婦になってくれ」


土方に出逢う前なら、嬉しかったはず

瑛の心に今もいるのは…

土方 歳三



「遅いよ……もう、遅い」

「どうしてだい?」

「契約解除します」

「瑛…」

「違反したのは、そっちだから!」

「瑛…そばにいてくれ!」

吉田の目には涙が……


「……」

「瑛…お前を好いている!
お前を出会った頃から、好いている!
もう酷い目には合わせない!
だから!だから……
一人にしないでくれ!たのむ!瑛…」


瑛の心が揺らいだ

土方には、新選組がある
仲間がいる
偶然拾ったから、責任とか同情とかで
自分を好きだと…
守ると言ったかもしれない
土方が自分を好いているとは
信じられなくなっていた

でも、助けに来てくれた……

しかし、吉田ははっきりと
自分を好いていると言ってくれた
泣いてくれた…
行く当てのない自分……
吉田には、自分が必要なのでは…


「わかった…」


気がつけば、涙を流す吉田を抱きしめ
そう口にしていた

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