続 音の生まれる場所(上)
2月は楽団の練習日以外にも、トコトン練習に励んだ。カズ君と付き合ってた頃は、日曜日がほぼデートで潰れていたから、それが無くなった分、時間は沢山あった。好きなだけフルートが吹いていられる。それはとても有難かった。
でも、一人で練習するのは虚しいから、コッソリ坂本さんの写真を飾るようにした。彼に聞いてもらってるような気分で練習すると、励みにもなったし、なんて言ってくれるかな…って、思いながら音を奏でると、楽しくもあった。

学生の頃みたいな腹筋運動も始めて、今までにないくらい懸命にブラスに取り組んだ。

3月に入り、四人で一緒に練習した。ハルもシンヤも夏芽も、私の音を聞いて、すごく驚いてた。


「なんか…変わった…」

ポカン…として、シンヤが呟く。

「うん…音が前に出るようになった!」

ハルがやったな…って顔してる。

「二ヶ月前とは別人みたい…。真由、スゴイよ!」

いつも以上に夏芽がはしゃぐ。

手応えが形になって現れる。努力してきたことがこんなふうに評価されると、またやろうって気になる。

「春の定演、楽しみになってきたよ!」
「これ選択して、間違いなかったな!」
「私、バンドのメンバーにも聞きに行くよう声かける!」

子供の頃からの仲間達。彼等がいたから、私は今こうして頑張れる…。


「私…坂本さんに聞いて欲しいな…」

今だから話す本音。三人の視線が集まる。それに少し照れながら話した。

「私がこの曲練習しようと思ったの、坂本さんがドイツで頑張る間、自分も何かに取り組もうって、決めたからなの…」

皆が少し驚く。「そうだったのか…」とシンヤが囁いた。

「それで欲しい物は何かって聞いた時、『楽譜』って言ったんだ…」

夏芽が納得する。

「そのこと、団長知ってた?」

シンヤの質問。

「ううん。楽団の人達に話したことはなかったよ。ただ、いつも楽譜持ち歩いてたから、柳さんは気づいてたのかもしれない。私がこの曲を練習し続けてること…」

いつも近くで楽器の片付けをしていた。あの夜以来、一度も側に来たことないけど、それでもずっと気にしてるみたいだった。

「そっかー…さすがは団長だな…」

ハルが感心する。坂本さんにしても柳さんにしても、楽団にはプロばかりが揃ってる。

「私…定演で恥ずかしくない演奏がしたい。坂本さんの『展覧会の絵』に負けないような、立派な曲に仕上げたい!」

ブラスを始めて8年足らず。まだまだ、アマチュアの域でしかないけど。

「だから協力して!お願い!」

立ち上がって言う。三人が顔を見合わせる。そして、こっちを振り向いた。

「任しとけって!」
「一緒に頑張ろう!」
「私も練習付き合うからね!」

どんな時も音を通じて語り合える友達。私の大事な親友たち。ブラスがくれた仲間。一生、ずっと、大切にしたい。

「よしっ!そーなったら、今日は徹底的に練習やるぞ!」
「時間フリーにしてくれるよう、店長に言って来る!」
「あっ!ついでに何か食べ物も注文しといて!」

ワイワイ楽しくなってくる。仲間達との大事な時間。一緒に過ごしながら、彼に呼びかける。



坂本さん…私、本気で貴方に聞いて欲しいと思ってる。だから…お願いしてもいいですか。

柳さんに…連絡先、教えて下さい…ってーーー。
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