続 音の生まれる場所(上)
3月。一番最初の練習日は7日。
「こんにちはー」
ドアを開けて入った私の所へ、柳さんがすっ飛んできた。
「真由ちゃん、凄いんだって⁉︎ 」
目を丸くしてる。
「な…何がですか⁈ 」
いきなり主語もなく話かけられて戸惑う。パチパチ瞬きする私に、柳さんはハルシンから聞いたと言って話し始めた。
「真由ちゃんの『朝の気分』サイコーらしいじゃん!ハルシンが褒めてたぞ!」
「ああ…(そのことか…)」
「それにその…何だって⁉︎ …おっさんに…聞いてもらいたいんだって…⁈ 」
おっさんというのは坂本さんのこと。名前が「おさむ」だから「おっさん」。柳さんだけがそう呼んでいる。
名前が飛び出して恥ずかしくなる。でも、気持ちは変わらない。
「…はい…私がこの三年間、頑張ってきたんだってことを、坂本さんに知ってもらいたくて。柳さん、連絡先、ご存知なら教えて頂けませんか?」
自分から直接連絡しようと思った。人からの又聞きじゃなく、自分の声で彼に伝えたいと思った。
「…教えてやりたいのは山々なんだけどさ…俺も知らないんだよ。連絡先…」
柳さんが申し訳なさそうにする。
「何たってあいつが楽器完成させるの、俺の楽しみでもあるから…邪魔したくなくて…」
誰よりも彼の力を信じてるコンマス。何も聞かず、心の底から、彼のことを信用してる…。
「…そうなんですか……じゃあダメですね…」
開きかけた蕾が閉じる様な気分。ガックリとうな垂れる私の肩を、ポンポンと柳さんが叩いた。
「そんなに気落ちすんなって!奴が修行してる先は、先生の知り合いの所だぜ!心配しなくても、先生に聞けば分かるよ!」
有難い言葉に気持ちが上向く。コロコロと表情が変わる私を、柳さんはニコニコしながら見つめていた。
「……やっと、真由ちゃんらしくなったな…」
意味あり気に微笑む。あの夜のことを気にしていたのは、ひょっとすると、私だけじゃないのかもしれないと気づいた。
「あの…柳さん…」
胸の中に、いろんな思いがこみ上げた。「ごめんなさい」とか「心配かけて…」とか、いろんな言葉が頭に浮かんだ。でも、やっぱりこう言った…。
「ありがとうございます…いろいろ、支えてもらって…」
あの日のことがあったから、今を大事にしようと思える。最初はいつも後悔ばかりで、バカなことしたな…って思ってきたけど。
(初めての相手が柳さんで良かった…。私もう…後悔なんてしない…)
心の中で言った言葉に微笑んだ。柳さんが少し戸惑って、分かったように微笑み返してくれる。
コンマス…。こんな頼りない楽団員の舵取りまでしてくれてホントにありがとう。柳さんと出会えて、私、すごく幸せだと思う……。
出会いの時から、人懐っこく「ちゃん」付けで呼んでくれた。輪の中にすぐに打ち解けられる様、気も配ってくれた。
坂本さんと話す機会もくれて、フルートを聞いてもらえるチャンスも与えてくれた。
…何もかも感謝してる。
「大好きです…柳さん」
ありがとうと一緒に送る感謝の言葉。通じるかどうか、少し不安だった…。
驚くような顔をして、柳さんがこっちを向く。それからコホン…と軽く咳払いした。
「俺も好きだよ。真由ちゃん!」
抱きつこうとするのをさっと避ける。勢いで、後ろから入って来た先生にぶつかる。
「……柳太郎…お前は何がしたいんだ!」
ズレた眼鏡をなおす。
「抱きつく相手を間違えるな!俺じゃなく女性にしろ!」
怒られて謝る柳さん。楽団員全員が笑う。3月最初の練習は、こうやって始まったーーー。
「こんにちはー」
ドアを開けて入った私の所へ、柳さんがすっ飛んできた。
「真由ちゃん、凄いんだって⁉︎ 」
目を丸くしてる。
「な…何がですか⁈ 」
いきなり主語もなく話かけられて戸惑う。パチパチ瞬きする私に、柳さんはハルシンから聞いたと言って話し始めた。
「真由ちゃんの『朝の気分』サイコーらしいじゃん!ハルシンが褒めてたぞ!」
「ああ…(そのことか…)」
「それにその…何だって⁉︎ …おっさんに…聞いてもらいたいんだって…⁈ 」
おっさんというのは坂本さんのこと。名前が「おさむ」だから「おっさん」。柳さんだけがそう呼んでいる。
名前が飛び出して恥ずかしくなる。でも、気持ちは変わらない。
「…はい…私がこの三年間、頑張ってきたんだってことを、坂本さんに知ってもらいたくて。柳さん、連絡先、ご存知なら教えて頂けませんか?」
自分から直接連絡しようと思った。人からの又聞きじゃなく、自分の声で彼に伝えたいと思った。
「…教えてやりたいのは山々なんだけどさ…俺も知らないんだよ。連絡先…」
柳さんが申し訳なさそうにする。
「何たってあいつが楽器完成させるの、俺の楽しみでもあるから…邪魔したくなくて…」
誰よりも彼の力を信じてるコンマス。何も聞かず、心の底から、彼のことを信用してる…。
「…そうなんですか……じゃあダメですね…」
開きかけた蕾が閉じる様な気分。ガックリとうな垂れる私の肩を、ポンポンと柳さんが叩いた。
「そんなに気落ちすんなって!奴が修行してる先は、先生の知り合いの所だぜ!心配しなくても、先生に聞けば分かるよ!」
有難い言葉に気持ちが上向く。コロコロと表情が変わる私を、柳さんはニコニコしながら見つめていた。
「……やっと、真由ちゃんらしくなったな…」
意味あり気に微笑む。あの夜のことを気にしていたのは、ひょっとすると、私だけじゃないのかもしれないと気づいた。
「あの…柳さん…」
胸の中に、いろんな思いがこみ上げた。「ごめんなさい」とか「心配かけて…」とか、いろんな言葉が頭に浮かんだ。でも、やっぱりこう言った…。
「ありがとうございます…いろいろ、支えてもらって…」
あの日のことがあったから、今を大事にしようと思える。最初はいつも後悔ばかりで、バカなことしたな…って思ってきたけど。
(初めての相手が柳さんで良かった…。私もう…後悔なんてしない…)
心の中で言った言葉に微笑んだ。柳さんが少し戸惑って、分かったように微笑み返してくれる。
コンマス…。こんな頼りない楽団員の舵取りまでしてくれてホントにありがとう。柳さんと出会えて、私、すごく幸せだと思う……。
出会いの時から、人懐っこく「ちゃん」付けで呼んでくれた。輪の中にすぐに打ち解けられる様、気も配ってくれた。
坂本さんと話す機会もくれて、フルートを聞いてもらえるチャンスも与えてくれた。
…何もかも感謝してる。
「大好きです…柳さん」
ありがとうと一緒に送る感謝の言葉。通じるかどうか、少し不安だった…。
驚くような顔をして、柳さんがこっちを向く。それからコホン…と軽く咳払いした。
「俺も好きだよ。真由ちゃん!」
抱きつこうとするのをさっと避ける。勢いで、後ろから入って来た先生にぶつかる。
「……柳太郎…お前は何がしたいんだ!」
ズレた眼鏡をなおす。
「抱きつく相手を間違えるな!俺じゃなく女性にしろ!」
怒られて謝る柳さん。楽団員全員が笑う。3月最初の練習は、こうやって始まったーーー。