続 音の生まれる場所(上)
練習終了後、柳さんと一緒に先生の所へ行った。


「……理の連絡先?」
「はい。奴に教えてやろうと思って。真由ちゃんが定演でトップソロやるって…」

柳さんの言葉に、水野先生がこっちを見る。
鋭い視線が突き刺さる。心の中まで見透かされてる様な気がして、一瞬すごく焦った。

「わ…私がこの楽団でトップソロを演奏するようになれたのも、坂本さんのお陰ですし…是非、聞いてもらいたいと思って…」

三年間の集大成。上手くできるかできないかは二の次で、とにかくいろんな思いを彼に届けたかった。

小刻みに手が震える。先生がなんと言ってくれるか不安で、気が遠くなりそうだ。

「……理は…小沢さんのことを気に入ってたもんな…」

声がか細い。何かあるのだろうか…と、少し不安になった…。

「…分かった。連絡はしておこう。帰って来る気があるなら来いと言ってみてやる…」

厳しい言い方。まるで連絡など必要ない…と、言ってるみたいだ。

「あ…あの…」

丸い目がこっちを向く。ゴクッと喉が鳴る。震える手をギュッと握りしめて、先生にお願いした。

「私から直接…坂本さんに連絡してはいけませんか…?」

声が聞きたいという気持ちもあった。直接話して、喜んでも欲しかった。でも…

「いかん!あいつにはそんなことをして欲しくない!」

キッパリと断わられた。先生の言い方は強くて、いつもとはまるで逆だった。

「な…なんでですか⁉︎ いいじゃないですか!真由ちゃんのこと、おっさんだって気に入ってたんですよ!連絡くらい、させてやっても…」

柳さんが取りなす。でも、先生は頑として首を縦に振らなかった。

「お前たちは楽器作りというものがまるで分かってない!どれだけ繊細で、根気のいる作業かも知らん!そんな奴らに、理の邪魔はさせんっ!!」


とても頑固な人なんだと、以前聞かされたことがある。
でも、工房でフルートを直してくれた時も、楽団で指導をしてくれる時も、一度もそんな一面を見せたことがなかった…。

先生の前だというのに、泣き出しそうになって、慌てて気を引き締めた。そんな私の顔を、先生はじっ…と見つめていた。
泣かないように奥歯をぐっと噛んでる私は、さぞや引きつった顔をしてただろうと思う。でも躊躇いもせず、先生は口を開いた。

「…理には、伝えといてやる。それだけは約束する。ただ…」

キィッ…と椅子を鳴らして立ち上がる。柳さんを見て、それから私に目を向けた。

「帰って来いとは言わん!帰るか帰らないかは、奴が決めることだ!」

最後まで師匠としての態度を崩さない。先生は私達の顔を睨むようにして、さっさと練習室を出て行った。
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