続 音の生まれる場所(上)
「くっそー!頑固ジジイめ!」

柳さんが悪態をつく。その横で、私はヘナヘナ…と座り込んだ。

「大丈夫か…?」

膝を折り、目線を合わせてくれる。柳さんの顔を見つめ、コクッと小さく頷いた。

「…あんな怖い先生の顔…初めて見ました…」

いつも笑ってる印象しかなかった。厳しくて冷たい一面も持ってるんだと、初めて知った。

「楽器作りに関しては、おっさん以上に熱いもの持ってるかんな…」

はっ…と柳さんが息を吐く。仕方ないといった感じ。これ以上は言っても先生を怒らせるだけだ…。

「…伝えると約束はしてくれたんだ。後はもう…あの楽器バカに任せるしかねーな…」

柳さんの言葉に、渋々頷く。
どうか帰って来ますように…と、心の底から祈るしかなくなったーーー。


家に帰って、窓辺に置いてあるフォトフレームを手に取った。
真ん中に写っている彼は、長く終わりのない旅に向け、希望や夢や不安を抱いていたと思う。
そのどれもが、私からは想像のできないものだった。

共有することができない。近くで応援することも、遠くから支えることもできない……。


「何も…してやれない……」

涙が溢れてくる。今日の先生の言葉で、改めて楽器作りの厳しさを知った。そんな世界にいるからこそ、彼のトランペットの音色は、輝きを増すんだと知った。

「私……何も知らなかった…」

ただ単純に、彼を応援していればいいと思ってた。理想の楽器作りは大変だと思ってたけど、ここまでだとは考えたことがなかった…。
自分勝手に目標を定めて、叶えられた姿を見せたかった。彼がどんな厳しい修行を積んでいるかなんて、気にも留めてなかった。

「ごめんなさい…私…浅はかで…」

先生がどんなふうに彼に伝えるかは知らない。聞きに来てくれるかも分からない。でも、万が一を信じて練習を重ねる以外、今の私が出来ることはない…。もしも…彼が聞きに来てくれた時、最高の演奏が出来るように。

「今日からまた…頑張るから…」

自分で立てた目標。達成できるように。恥ずかしくないように。


プロとしてーーー

音を…語っていく…。
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