続 音の生まれる場所(上)
「…さっき、少し曲吹いてたよね…」

坂本さんの声にドキッとする。

「…はい…なんとなくいい演奏できそうだな…と思って」

吹きながら胸が高鳴る。まさか聞かれているとは思ってなかった。

「そう…」

短い返事。それ以外は何も言わない。チラッと横を見る。いつもと変わらない感じ。私が曲に込めた思いは、彼には伝わってなかったみたい。

(つまんないの…)

まだまだ人に語りかけるようには吹けない。

(彼のように演奏できれば、言うことないのに…)

ガッカリしながら大ホールへと続く廊下を歩く。行き着いた廊下の先に見える大きな鉄のドア。
その向こうに、ステージがある…。
重そうに開けて中に入る。ゆっくりと、彼がドアを閉める。
閉めてしまうと、周囲は真っ暗。ステージのみが明るく照らし出されてる。

熱心に指揮棒を振る水野先生の姿が見える。それに応える団員達がいる。遅れて練習に参加するのは初めて。だから、少しだけ抵抗を感じる。
ドキドキしながら曲の終わりを待つ。

(あと少し…もう二、三小節………あ…終わった……)

ドキン…と胸が大きく鳴る。皆の所へ向かおうとしたら、ぎゅっと手を握られた。
びっくりして振り向く。真面目な顔した彼がこっちを見てる。こんなに近くで、彼の顔を見たことなんて、多分、あの時以来だーーー。

「さっき君が吹いてた曲…素晴らしかった。思いが…込められてた気がした……」

照れてるみたい。やっぱり、聞こえてた…?

「同じように僕も語るから。よく…聞いといて」

彼の言葉に頷く。ニコッと優しい笑みが返る。それだけで、ホッ…と気持ちが解れた。
肩の力が、少しだけ抜ける…。

「…行こう」

背中を押されて前に出る。ステージに歩み寄る。団員達が私に気づいて、声をかけてくる。皆に謝り、指揮台にいる先生にも頭を下げた。
椅子に座り、楽譜を広げる。深呼吸をして、姿勢を正す。先生の方を振り返り、少しだけ微笑んだ。
準備が整ったのを知り、先生が指揮棒を揺らす。団員達が楽器を構える。手が私に向けて上がり、椅子から立ち上がる。
ゴクッと喉が鳴る。指揮棒が動き出すと同時に、息を吸い込む。

ゆっくりとした拍子でタクトが揺れる。それに合わせて語り始めたーーーー。
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