続 音の生まれる場所(上)
最後の総合練習は午後4時で終了。この後は各自、準備をしたり、訪問客を迎えたりする。

「真由ー!来たよー!」

4時半、練習室に現れた夏芽。ステージ用の衣装を貸してくれるよう頼んでた。

「お前、まさかジーパンの一張羅とかじゃねーだろうな⁉︎ 」

早々とスーツに着替えたハルがからかう。

「まさか!そんなの持ってくる訳ないじゃん!」

早く着替えに行こうって追い立てられる。練習室の向かい側にある更衣用の控え室。そこで出してきたのは、深いパープルのワンピース。

「夜明けをイメージしたら、コレかな…って思って」

鏡の前であててくれる。

「うん、似合うね!着てみて!」

モタつく私に手を貸してくれる。オーガンジーの袖が付いてるワンピースは、それだけでも十分暖かい。

「後はコレを付けて、頭に花飾り付けて…」

天然石のアクセサリーに造花のヘアピン。

「フルート持つのに邪魔にならない?どう?」

鏡の中の私に聞く。手でフルートを持つ仕草をしてみる。

「うん、大丈夫みたい」
「だったらいいね!次こっち来て。メイクしよ!」

遠慮する私を無理矢理座らせ、ツケマを付けたりグロスを塗ったり。薄いメイクじゃのっぺらぼうに見えるから…ってやりたい放題してくれる。
たった十分足らずで作り上げられる顔。なんだか別人みたい。

「…コレ、濃すぎない?」

パチパチ瞬きしながら聞く。

「ダイジョーブ!丁度いいか足らないくらいだって!私なんかステージの時はもっと派手にするよ!今日はクラシックだから、これでも控え目な方!」
「そ…そうなの…⁉︎ 」

鏡を覗き込んで困惑する。きっとハルシンが見たらからかうに決まってる。

「それに、坂本さんだってキレイな真由見たらビックリすると思うし…!」

ドキッ!とさせられる。振り向くと、夏芽がニヤリと微笑んだ。

「今朝、なんだかいい雰囲気だったんでしょ?ハルからメールきてたよ!」
「えっ…?あ…あれは……」
「お昼も二人で食べてたって、さっきコソコソ話してる人達いたし……真由、やるねぇー」
「そ、それは…たまたま鉢合わせただけで……」

しかも何もなかったし…って、言い訳しても無理っぽい顔してるなぁ…。

「とにかく!あんたは今日、大役務めるんだから派手でいいのよ!その代わり頑張って!私、客席の一番前で応援してるからね!」

小道具あれこれ並べて、席取ってるらしい。

「…ナツってば…!」

なんだか可笑しくなってくる。こんなに緊張感もない定演、きっと初めてだ。


背中を押されて控え室を出る。楽団員のいる練習室のドアの前、なかなか開けずに迷ってた。

「早く入りなって!」

催促する夏芽に言われてドアノブを捻る。開けようとしたら、勝手に開いた。

「わっ…!」

ドアの向こうから出てこようとした人と危うくぶつかりそうになる。

「ご、ごめんなさい…!」

顔を上げて相手を見る。昨日と同じ偶然に、ビックリしてしまった。


「さ…坂本さん…」
「小沢さん…⁉︎ 」

二人して、そのまま無言になったーーー。
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