続 音の生まれる場所(上)
これまでの話
三年前の冬、あの人は遠いドイツへ旅立った。客演として楽団に招待されただけでなく、楽器工房でのトランペット作りを修行する為に。
期限のない旅の始まり。いつ帰ってくるかも知れない。

その時は、彼の邪魔をしたくなくて、足枷になるのが嫌で、告白も何もせずに見送った。
最後に送ったエールの中に込めた私の思いは、今も彼の心の何処かに残ってるだろうかーーー。


「忘れないよ…」

送別会の夜、彼は私にそう言った。その言葉を信じて、最初の一年は我慢した。音沙汰はサッパリなかったけれど、バカと言われるくらい楽器作りに熱心だった彼なら仕方ないと思った。でも、それが一年半過ぎ、二年近くが過ぎ……ゆっくりと後悔し始めた。

高校の時、元カレの朔が亡くなった時と同じ空しさ。埋めても埋めても無くならない寂しさと悲しみ。それと同じ感情がじわじわと自分に押し寄せるようになった…。

丸二年が過ぎた頃、気持ちがいっぱいになって、とうとう我慢できなくなった…。自分で自分が支えきれなくて、何処でも涙ぐむようになってしまった。そんな私を見て、慰めてくれたのは柳さんだった。柳さんは私の気持ちを知った上で、ただ一心に涙を乾かしたくて、抱いてくれた…。

愛情も何もない相手との初めての経験を、今は少しだけ後悔してる。でも、あの時はその方法でしか、自分を収められなかった…。

……それ以来、彼を待つのはやめようと思った。空しさのあまり自暴自棄になるようなことはしたくない…と、心に誓った。
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