届屋ぎんかの怪異譚
「お前だって、親を殺されたんじゃないのか。理不尽に踏みにじられて、幸せを奪われて……なのに、なんで萱村を憎まない」
朔は泣きそうに見えた。
帰る場所がわからなくて途方にくれた、小さな子供のような顔をしていた。
その頬に触れたいと思った。
「憎まないわけじゃないわ」
あたしがいるよ、と、そう伝えたかった。
「けれどあたしは、今の幸せが大切なの」
玉響と猫目が白檀を押しとどめてくれているのが、視界の端に見えた。
「親がいない代わりに、あたしのことを、猫目が妹のように、糺さんが娘のように可愛がってくれた。
風伯が一緒にいてほしいときにいつも一緒にいてくれて、たまにしか会えないけど、困ったときは萩がなんとかしてくれる。
あたしは、復讐をするよりも、大切な人たちを大切にしたいの」
迷うように揺れる朔の瞳を見つめ返して、そっと、右手を伸ばして頬に触れる。
こっちへ来てと、誘なうように。
「そこに、朔もいてほしい。隣にいてほしいの。失いたくないの」