届屋ぎんかの怪異譚



ぎゅっと、重ねた手を強く握られる。



「お前が生きていてくれた。それでもう、ぜんぶ、いいんだ」



その言葉がほしかった。


銀花は手を、強く握り返した。

返す言葉は思いつかなかった。

鼻の奥がツンと痛んだ。



――あぁ、泣きそうだ。




「ちょっとー、そういうのは俺のいないところでしてよね。むずがゆいったら」



猫目が気まずそうな表情で、御者台からにゅっと顔を出した。


とたんに、銀花はみるみる赤くなり、とっさに朔の膝から起き上がった。



「おい、まだ寝てないと……」と手を伸ばす朔に、「もう平気だから!」と、 首をぶんぶん振って後ずさる。



不服そうにする朔の隣にちょこんと座って、なんだか不思議だ、と、銀花は思う。


突然に訪れたこの穏やかな時間があまりに夢のようで、現実味がなかった。




白檀が死んだ。


晦が死んだ。


縊鬼としてずっと銀花に憑いていた山吹も、幽世に帰っていった。



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