自惚れ男子の取説書【完】

邪魔になってしまった台車を隅に寄せ、女性を支えるよう病棟へと向かった。ふらついてしまわぬよう支える様子は、何だか自分が彼女をエスコートしている紳士みたいで少し照れくさかった。

それほど彼女…由美さんはキレイだった。

名前を尋ねた私に「誰も最近じゃ呼んでくれないから」と面白がって下の名前だけ教えてくれた。

「看護師さんって大変なお仕事でしょう。簡単に出来るお仕事じゃないわよね」

「確かに奥が深いというか…私もまだまだ勉強中、という所です」

「あら、そんな事ないわ。入院して半年位になるかしら。こんな風に声をかけてくれたの、あなたが初めてよ。気がつく素敵な看護師さんだと思うわ」


社交辞令だと分かっていても、きれいな微笑に思わず照れてしまう。
由美さんとの他愛ない会話はとても楽しかった。面会にくる娘が今度結婚すること。隣のベッドの人が不思議な寝言を言うこと。主治医の先生がいつも寝癖がついてること。
入院が長引いているとはとても思えない程、由美さんは明るく楽しそうに話してくれた。
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