ボーダー・ライン
僕はこっそりと、聞き耳をたてる。
あたかも真面目に作業をしている風を装って。
そして忍び足で少しずつ、少しずつ彼らに幅寄せをする。
すると微かにだが、係長と長瀬営業員の恐るべき会話を聞き取ることができた。
「まさか、頭を上げて下さい長瀬さん。私達の方こそ、お世話になりっぱなしなんですから」
まるで作り上げたかのような、人受けの良い声色で係長は長瀬を誘惑した。
とは言え、対する長瀬も、
「いえいえ、そう言いましてもウチの渡辺が貴社に多大なご迷惑をおかけしまして……」
普段僕らと接する時とは全然違う、顧客用の猫撫で声で謝罪をする。
つまりコイツらはビジネスという関係に縛られているのだ。
人材派遣会社の長瀬の仕事は、手持ちの派遣社員を企業にレンタルすること。
いわゆる奴隷商人だ。
対する有野係長は企業の管理職、人材派遣を効率よく利用し、「なるだけ正社員を使わない」という方法で「人件費削減」をはかる。
これが彼の手柄となるのだ。
出世のためには、合法的な奴隷を使うのが手っ取り早い。
双方の利害関係が、一致している。
「汚ねぇ大人達だよ」
僕は吐き捨てた。
だけど国の法を司る者まで腐敗したこの日本という国で、まっとうに家族を養おうと思ったら、これくらい仕方がないのかもしれない。
少なくても彼らは「ズル」はしていないんだから。
そしてまっとうに生きようとしたハケンの渡辺さんは、死んだ。
さらに僕は聞き耳をたてる、こてさきで仕事をいじくりながら。