ボーダー・ライン
「しかしやっぱり……歳いったハケンはダメですね、長瀬さん」
呟きながら、キツネ有野は眼鏡をずり上げた。これは奴の癖だ、自分が優位にたっていると必ず出てくる。
奴の攻撃心のあらわれである。
「脳みその回転は歳を追うごとに遅くなっていく、仕事も遅くなっていく、なのに自尊心だけは積み重ねた歳の数だけ増していく。それじゃダメですよね」
対する長瀬は謝罪をした。
「申し訳……ありません」
これが実に完璧であった、慣れたしぐさ、慣れたお辞儀、寸分狂いない。
営業員百戦練磨の平謝り術である。
「ご指摘のとおりです。歳を重ねた派遣社員は、今後うちでは採用と派遣を控えるように致します」
彼はとにかくペコペコと、頭をさげまくっていた。
「ウチから派遣した渡辺が……自殺以外にも何か御社にご迷惑を?」
「そうですね、まず自殺だけだって、非常に迷惑です。後処理だけだって大変だっていうのに。わざわざ社内で首を吊すなんて、私達に対して迷惑をかけたいとしか思えません」
「は……はぁ」
「今頃人事の若手君が、走りまわっていますよ。警察がきたりなんだりで。ウチの信頼もがた落ちです」
(な、ん、だ、っ、て)
「……っは!」
その言霊の衝撃で、僕は一瞬の窒息を味わった。
……何て事だよ。
渡辺さん、社内で自殺なんて……。
聞かなければよかった、そんな事実、知りたくもなかった。
神様、これが二人の会話を盗み聞きした、僕への罰なんですか?
あまりにも、酷すぎる。