ボーダー・ライン
有野係長は一方的に叱責しながら、職場のある一角へと長瀬を導く。
「困るんですよ、お話はこちらでさせてもらいましょうか」
「はい、申し訳ありません……」
そこは職場の隅の隅、自然と奥まった部屋のように感じられる通称「仕置き部屋」と言われる、粗末なボードで仕切られた一角であった。
中には机と4人掛けの椅子があって、ちょうど小さな会議室のような形になっている。
だけどそこはあくまでも部屋ではなく、仕切りがあるだけの場所なので、中の声は周囲にだだ漏れになる。
この場所では日頃、社員の面談やミーティングに使われる。
同時に有野係長の「巣」でもあるのだ。
ミーティングと称された有野による部下いびりが横行しているのだ。
仕切りの中に二人が入ったことを確認して、僕は場所を移動した。
もちろん、仕置き部屋のすぐ脇に、だ。
恐かった、実はすぐにでも逃げ出したい、僕の足はがたがたとそこに行くのを拒んだ。
だが何としてでも、真相を自らの中に刻んでおかなければいけない。
奇妙な使命感が、何故かよりによって僕に芽生えた。
だって自殺の事は噂で流れても、今目の前で話されている事実を知ることができるのは、おそらく僕一人であろう。
亡くなった渡辺さんの、最後の名誉を守るためにも、僕は聞いておかなければならない。
膝は今だに震えている、冷や汗は止まらない。
これは試練なのだろうか?
もちろん盗み聞きしていることがばれたら、僕は有野と長瀬にクビを切られるだろう。
今住んでいる家からも追い出され、財産もなく、路頭に迷うことにもなりかねない。
聞かなければ良い、聞かなければ、とりあえず聞かなかったフリをしていれば僕はとりあえず、生きては行けるんだ……
わざわざ危険をおかしてまで……
だけど……
「逃げるなよ、タカ」
今度こそ僕は、弱い俺に言い聞かせる。
昨晩、甘ちゃんの俺は大切な人の前から逃げ出した。
渡辺さんは、自身の信念を貫いて亡くなった。
「逃げてたまるか、俺!」