ボーダー・ライン
『……タカ君、おそいっ』
僕達専用のチャットルームに入室するやいなや、サトミからブーイングが飛んでくる。
『3分も待ってた!』
「チャットルーム」
一つの掲示板を、まるでお喋りをするかのように共有し筆談するそこは、必要最低限度の監視(主に犯罪に関わること)以外は誰にも見られることなく、二人きりになれる数少ない場所として、最近の僕達のお気に入りであった。
『ゴメンゴメン』
たどたどしく僕は彼女に謝罪する……コンピューターのテキストで。
『ちょっと俺、考えごとしてて』
不思議に思われるかもしれないが、僕は人とコミュニケーションをとる時、自分のことを「僕」ではなく「俺」と呼ぶ。
頭の中では自分を「僕」と呼んでいても、アウトプットされるのは「俺」、
『怒ってる? 本当にごめんよ、俺が悪かったよ』
と、「僕」は指先で謝る。
すると、
『……だって淋しかったんだよ?』
と彼女は漏らした。
『たった3分でも、一人ぼっちは淋しいよ。すぐそこにタカがいるのに、壁一枚隔ててるカンジ、辛い』
あー、僕は何をやっている。
ネット限定とは言え、僕にあたたかさをわけてくれた大切な人を苦しめて。
そりゃあ彼女がちょっと感受性高すぎってのはあるけれど。
でも、それって個性だよな?
『本当に悪かった、ほら、一緒にお話しようよ。せっかく二人きりになれたんだし』
僕はそうやって彼女をなだめた。
世の恋慣れた男性ならこういうことを言う女の子を「我が儘」だとか、「うざい」とか言って敬遠するのかもしれない。
だけど僕は、彼女を近づける。
『そうすれば、淋しくないだろ』
だって、頼ってもらいたいからさ。
サトミが自分のことで淋しがるのすら、僕は喜んでいるのかもしれない。
あー、僕って本当に最低だ、ダメ男だ。