バースデー・イブ
 
 「ムカつく事全部かっ飛ばしてやれ」
 久保さんに背中を押されバッターボックスに入る。
 豪速球のボールが勢いよくに衝撃音をたてながらぶつかり、跳ね返って足元に転がってくる。
 「無理無理!早い100キロ超えとか初心者だから無理」
 叫んでいるうちに再びボールが飛んできて、ボールがくるたびに可愛いげのない奇声をあげてしまう。それでも頑張って当たるようにスイングする。ゴルフの打ちっぱなしに何度か行ったことはあるけれど、動いている物を打つのではやはり勝手が違う。
 「ボールちゃんと見て打つんだよ。軸はきれいだからきちんと見て振ってみて」
「見れないって…!」
「大丈夫、出る瞬間をちゃんと見て!」

 掌に衝撃が走り、振動が掌を通して全身に駆け巡る。甲高い音をたてながら白球は放物線を描き夜の空へ消えていく。
 「うそ……当たって……しかも飛んだ……」
 「マジかよ……」
 呆気にとられているとボールが再び飛んできて激しい衝撃音をたてたあとカウンターがゼロを示す。

 「やった……やった!気持ちいいね」
 「おー、やったじゃん。いえーい!」
 そう言い掌を差し出す。手を伸ばすとわたしの手を優しく包む大きな掌は、とても暖かい。
 そんな事にうるっときて泣きたくなるが

 「強がらなくていいよ。泣いていいんだよ……」
 見透かされたような言葉を言い久保さんに頭を撫でられたら、今まで我慢していたことが決壊したかのように涙が溢れる。
 「……肩、借りていい?」
 そう訊くとなにも言わずに優しく抱きしめてくれる。その優しさでよけいに泣きたくなる。ずっと我慢して、周りに弱さを見せたくなくて、甘えることが怖かった。心が狭いと言われて。

 「いつか、悲しいことも嫌なこともさ、あんなことあったなぁって思えるよ……春が来ない冬はないって言うじゃん」
 そうだといいなぁ。そんなことを考えながら、柔軟剤の優しい匂いがする肩に顔を埋め、唇を噛み締め背中に手を回す。手を回す力が強くなると抱きしめられる力が強くなり、暖かい腕の中で。
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