蜂蜜漬け紳士の食べ方
司会の声と同時。
ステージ脇からスルリと中央に上がった伊達圭介は、最前列の参加者に対し軽く腰を曲げる。
アキは思わず、喉に張りついたクラッカーをウーロン茶で飲み下す。
いつもボサボサと無造作な髪は、いくらか整えられたおかげで多少はマシになっていた。
「…ただいまご紹介に預かりました、伊達圭介です」
マイクを通した低い声。
その一言…いや、一声に耳を疑った。
普段ぼそぼそとした低く滑らかな声は、『商売用』としても良いくらいに快活だったのだ。
そこには彼の「早く滞りなくこの場を終わらせたい」という裏の不機嫌さが分かるのだが、果たしてこの会場にいる何人がそれに気付いただろう。
「えー…長らく表舞台に顔を出せなかったのですが、この度初めて個展開催を果たせました。
無事滞りなく終わらせられたのも、ひとえにスポンサーの皆様、関係者の方々、そして応援して下さっている方のおかげだと思っております」
横目で、中野が三つ目のオードブルに手を伸ばしたのが見えた。
「ふーん…伊達先生、イケメンだなあ」
「は?…どうしたの、急に」
「こうやって話すのを見ると、爽やかイケメン画家だわ。
今まで仏頂面だったけどさ……こりゃ女が放っておかないわな」
アキは中野の言葉に返す事もせず、もう一口大きくウーロン茶を煽った。
先程までヒンヤリと冷たかったはずのグラスは、すっかり手の中で温くなっている。
チラリと横を見れば、他の記者参加者達はすっかり仕事の目で壇上を見つめていた。
さて、このきらめいたステージは、後日他社ではどんな文字となって踊るのだろう。
「…この場はお世話になった皆様へのお礼の場として設けました。大いに楽しんでいって下されば幸いです…」
伊達が軽く礼をして壇上を降りれば、ワッと会場の空気が割れんばかりの拍手が起きた。
彼が壇上から降りるのを待ちかねたように、数人が彼へ群がった。
シャンパングラスを片手に話しかける中高年男性。
知り合いなのか、伊達の肩を叩く女性。
そしてそのグループの中に、花束を持った若い女性が混じっていた。
オオシマ・ムツミだった。
伊達は彼女の存在に気づくと、淡い笑顔を浮かべて、花束を受け取り───。
「桜井、シャンパンどう?」
いつの間にか中野はドリンクをお代わりしていた。
今度は少し大きめのワイングラスで。
「……いいや、私は」
「そう?せっかくなんだから飲んでけよ、ワインとかも良いラインナップだぞ」
卓上は、いつの間にかオードブルから立食形式の食事へと変わっていた。先程の挨拶中のスタッフの努力だろう。
ローストビーフやオリーブたっぷりのサンドイッチ、フレッシュなサラダ。
極力服を汚さないようにという配慮なのだろう、食事は全般的に汁気が少ない。
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