如何にして、コレに至るか

「三葉は、優しすぎるよね。優しくて、律儀」

「そうですか?」

優しすぎるなら、自称でも、いじめで困っているという人をほっとかないだろう。

首を傾げれば、そうだよと、彼は頷く。

「話したくないことをしつこく聞いてくる奴に、『無理、出来ない』と返信するあたりが律儀。顔も本名も分からない相手なら、そんな返信もせずに無視しても構わないのだけど。

三葉の場合、『断る返事』をした。いきなり返事をしなくなったら、相手に失礼とか、傷つくとか思ったんじゃない?」

「かも、です」

確かに、そうかもしれないと、頷く。

煮え切らない返事になったのは、そこまで深く考えてなかったからだ。あの時はただ、『嫌なことは嫌だ』と言った程度の気持ちしかなかったのだけど。

「やり取り。読み返して思ったけど、『断りの返事』がある一方で、『相談には乗ってあげたい』って気持ちがよく分かるよ。何度も、SNS間のやり取りならって書いてあるし。そこに相手も付け込んでる。最後には、顔写真要求されちゃってるし」

「壺を買わされてしまうタイプですかね、私」

「悪徳商法に引っかからないけど、そいつが身の上話で、『私もこんな仕事をしたくないのだけど、しているのには訳がー』となれば、同情してしまうタイプ。それだけじゃなくて、何とかしようと考え始める」


その場面を想像し、確かにそうなるなーと、今度は私がうなだれてしまう番となった。

ソファーではなく、彼の膝上にだけど。

男女逆転の膝枕。
彼は嫌そうにすることもなく、母親のそれらしい笑みで私の髪に触れる。

お返しで、私も彼の髪触れた。一度も染めたことがないという黒髪。市販ので染めて、ゴワゴワが気になるこちらとしては、羨ましい気持ちしかない。

「優しいって、いけないことですか」

「責めたつもりはないんだけどね」

目にかかる前髪が、彼の指で払われる。
視界良好。こちらを見下げる彼は、困り顔だった。

「思いっきり、責められた気がします」

この口がー、の意味を込めて、彼のほっぺたあたりを摘まむ。

「注意だよ。勘違いする男が溢れる。三葉は、俺の恋人なのに」

摘まむ指を握られた。
冷え性とは真逆の彼の手は温かい。

「何かあれば、冷静に対処しますよ」

「道すがらの交通事故で、人命救助した人が言うと凄い説得力はあるんだけどねぇ」

ありし日の思い出話を茶化しに使われた。真面目な話をする前の出だしとして。


「三葉のそれは、特段臆病だから出来た防衛本能に近いと思うよ」

それとは、この冷静沈着たる性格。

「狼の皮を被った羊みたいな意味合いですね」

「狼の皮を被った子猫とかにしたいところだ」

そんなに臆病者に見えるんだと、複雑な思いにかられた。

「臆病者で、優しすぎる。当たり前じゃなくなった優しさを、何気なくしてしまう無自覚さは惹かれるよ。だからこそ」

あんな奴に、好かれる。

最後まで口にせず、彼は背を丸めた。

私の頭を包み込むように、覆い被さる彼との距離は近い。

宮本さんドームだと、端から見たイメージが出てくる。

「腰、痛くないですか?」

「背骨も痛い」

くつくつ笑う息の熱気が、顔にかかる。

「三葉、三葉」

「はい」

口づけされ、名前を呼ばれる。
執拗に、何度も。

「不安なんだよ、俺。怖くてたまらない。三葉に、何かあるんじゃないかって」

「私は、どんな男からの誘いも乗りませんよ」

「知っている。知っているからこそ、より愛しい」

泣きそうだったから、少し頭を持ち上げ、唇を合わせた。

「宮本さんも、臆病者ですね」

「ここまで、臆病なつもりはなかったんだけどね。町を歩くのさえも怖くなるよ。三葉と出会ってから、本当に、そう思う」

その感情を噛みしめるかのように、彼は言う。

< 18 / 45 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop