噎せかえる程に甘いその香りは
そんなちょっと印象強い噂話も日々の仕事に忙殺されて薄ら忘れかけていた頃だった。
会議のメンバーに変更があって、俺はその旨を伝えるべく給湯室へ向かった。
足を踏み入れてズックンと胸が疼いた。
『……その香り……』
水守さんの怪訝な視線を浴びて俺は逃げるようにその場を去ったけれど。
会議の間、ずっと息苦しさを覚えていた。
コーヒーの香りが充満し切る前の給湯室には仄な香水の香りが漂っていた。
香澄が好んで付けていたあの香水の香りが……。
正直、香水なんてものには疎くて香澄の生前はあまり気にも留めていなかった。
フローラル系なんだろうけど、多分、バラとか百合とかポピュラーなフレグランスではないんだろう。
これまで意識した事もなかった。
それなのに、とてもよく似た香りを嗅いで瞬時に香澄を思い出してしまうなんて、俺はこの期に及んでどんだけ引き摺ってるのかと自嘲したくなる。
水守さんに声を掛けられたのは、それから暫く経った忘年会後の事。
話があるからと二人で静かなバーヘ行き、そこで水守さんから切りだされたのは案の定、この間の給湯室の話で。
俺は素直に香澄の事を話し、あの時の不審な態度を詫びた。
多分水守さんにしてみてもそれは推測の内だったのだろう。
それについては何も言わず、不意に思いもよらない事を言った。
『寂しさを慰め合うのは悪い事でしょうか。』……と。