コトノハの園で


「あっ、そうだっ!」


手の中の、温かい存在を思い出す。


「森野さん、これどうぞ。当たりが出たんです」


紅茶の缶を放り投げた。上手い具合に放物線を描き、それは森野さんの手の中に着陸。


「いらなかったら、誰かにあげちゃって構いません」


紅茶を好んで飲むことは、知ってるけど。


「あっ……、――ありがとうございます」


そう言ってくれて、すぐには封を開けずに、私の存在など忘れたみたいに、森野さんは耳や頬、冷えていたらしい箇所に缶をあて始める。


「温かい。生き返ります」


「ふふっ。だったら、なんで外で休憩しているんですか?」


「そっ、それは……」


「――ここ、落ち着きますよね。私も大好きです。去り難くなってしまうくらい」


「そっ……そんなような、理由です」


気を紛らわせるためにか、森野さんは黒縁眼鏡を一旦外し、目頭を押さえる。そして、まだ温もり残る紅茶の缶を瞼にそっとあてた。


心臓が跳ねる。


抑えていた心が、飛び出しそうだ。


私より年上なんだけど、立派に男の人だけど、森野さんは、眼鏡を外すととても可愛らしくなることを発見してしまい、……少し、欲が出た。


それはきっと、多分――


――今日が、イブなんて日だからだ。


今、なのかな?


伝えるとしたら。


宙ぶらりんにはしておけない、迷ったままだったこと。


決断は、ここかもしれない。


< 51 / 155 >

この作品をシェア

pagetop