ショータロー☆コンプレックス
「サンキュー」


辻谷は礼を言いつつドアを開け、素早く車外へと出る。


「じゃあな。お互い、仕事頑張ろうぜ」


「あ、はい」


屈託なく笑いながら別れの挨拶をする辻谷に、オレはそう返答しつつ、ペコリと頭を下げた。


それを確認してから彼はドアを閉め、駅構内に向かって歩き始める。


言葉遣いに難はあるけど、根っから悪い奴ではないみたいだな。


就職が決まったんだったら、単発の仕事なんかもうやる必要はないだろうに、過去の恩義に報いる為に快く引き受けたみたいだし。


そもそも、最初に注意をされたきっかけだって、オレが礼儀を欠いていたからだもんな。


この業界、きちんとした挨拶は基本中の基本なんだから。


何か、心の中で色々毒づいちゃって、悪かったかな。


ゲンキンなもので、要所要所でかけられた意外にも優しい言葉に、オレの中で辻谷の株はかなり急上昇した。


この次、もしもどこかで会った際には、もう少し愛想良く接する事にしよう。


すこぶる実現する確率の低い話だと思いつつ、オレは密かに心に誓った。


…その瞬間には思いもしなかった。


まさかその数秒後に、再びそんな機会が訪れる事になるなんて。


右にウィンカーを出しながら、サイドとバックミラーで後方確認し、さらに目視しつつ車を発進させたその瞬間、いきなり助手席のドアが開いた。
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